一朝の夢
忙しいとぶつぶつ言いながら、それでも一冊の本を合間に読んでいた。
今年の松本清張賞を受賞した梶ようこの『一朝の夢』だ。朝顔同心という不思議な侍の話だ。背は高いが剣術はまったくだめで、奉行所の事務方を長く勤める中根興三郎、同心だ。
彼の趣味は朝顔の交雑を重ねて、美しい花を咲かすことである。朝顔の育成というのは幕末にブームになったそうだ。浦賀に黒船が現れて大騒ぎした頃から安政にかけてのこと。
この朝顔をきっかけにさえない同心が、鍋島家に出向くことになり、そこで宗観という身分の高い武士と会う。どうやら茶をたしなむようで、「一期一会」を座右の銘にしている。
と、ここまで読んで、この武士は井伊直弼だとメボシがついた。井伊が茶人であったことは有名だ。この身分を越えた関係がこの小説の第一の主題である。
第2は国政をめぐっての井伊の苦悩とその道の歩み方である。開国をするにあたり、国内の混乱を消したうえであたろうと考える井伊にとって、跳ね上がる水戸の動きは抑えるしかないと考え、安政の大獄を図っていく。その井伊はいつか命を奪われるかもしれないと覚悟のうえでのことであったと、小説は描く。
ここで浮かんだのが、ここ数年続いた3人のわが国の宰相たちのことだ。同じ派閥の中でたらい回しした首相の座を2人は途中で投げ出し放り出した。とても井伊の覚悟にはおよばない。まったく政治に関心をもたない家人ですら、「出来ないって辞めた人がなんでまだ国会議員の席に座っているの。首相を放り出したのなら国政に物言う立場じゃないでしょ。第一、このヒトたちの議員報酬を支払われているのは納得いかない」
さらに、浮かぶのが2期続けて、この国の在り様をぐらぐらにした、あの御仁だ。今問題になっている年金の混乱にしろ後期高齢者医療の問題にしろ、元はといえば、この人の時代に起きていたことじゃないか。織田信長のような生き方が好きだといって、ポピュリズムを煽った人物は、そ知らぬ顔をして引退するという。しかも、自分の子どもを後釜にすえて。
あのニュースペーパーとかいう風刺コント劇団が、この元首相のことを皮肉った劇は秀逸だ。「チルドレン(議員)の面倒はみないが、私のチルドレン(次男)の面倒はしっかりみます」
この人物を国民は改革者として讃えてきたのだよ。
井伊直弼が長く部屋住みで苦労を重ねた人物で、茶人としても一級だったという話は知っているが、実相がどうであったかは詳しく知らないから迂闊なことはいえないが、少なくとも、今の世襲代議士たちのドタバタより、ずっとスケールが大きな人物だったのではないかと思う。
ふと考えると、1989年にソ連が崩壊してからの20年。じつに危なっかしい舵取りで世界は動いてきたものだと、ため息が出る。2000年以降ですら、日米ともに世襲の権力者が立ってきたのだ。「正義」というものがグラグラしてきた。
明治学院大学のハラさんという人が最近著した『正義篇』という書を、局内の書店で見つけた。読もう。
梶ようこの『一朝の夢』にもどる。久しぶりに武家小説の面白さを味わった。もっとミステリーの仕掛けを高めて、劇性を高めていけば、藤沢周平の後を襲えると思う。やっと、人材が出てきたという気がする。当面、もっと短いもので下級武士の活躍するものを書いてくれないかなあ。梶ようこ、この名前を覚えておこう。
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