道の口
朝、オフィスに来てパソコンを開けたら、飛び上がるようなメールが入っていた。少なくとも私は椅子から30センチは飛び上がった。
慌てて、宇都宮まで走った。11時45分に澁谷の会社を出て、山手線で東京まで。そこで東北新幹線に乗り換えて、上野、大宮、宇都宮と行った。到着したのは1時54分。
そこで、ある人と会って話し合いをもち、2時35分の新幹線で再び東京に向かう。その車中で、この記事を書いている。
一応、無事に交渉も終わったので、帰りの車内ではハイリキを飲みながら、刈り入れが近づいている田んぼをゆっくりながめる。
大宮から宇都宮にかけてのこのあたりは芭蕉が旅した奥の細道の入り口にあたるところだ。ここを過ぎて、松島、衣川と芭蕉は旅していくのかと思うと、実りの田もなにやらゆかしい。いっそ旅に出たい。
芭蕉は500年前の西行が歩いた道を辿った。西行はそこここで和歌を詠んだ。その歌縁(ゆかり)の地を芭蕉が旅する、歌枕の旅という。芭蕉が旅立った元禄2年というのは、源義経が衣川の館で非業の死を遂げてから500年にあたる。当時、江戸の町でも歌舞伎や浄瑠璃などで義経人気でわいたそうだ。それにあやかってか、はたまた芭蕉の判官びいきか、芭蕉は曾良を連れて、義経の故事を訪ね、奥の細道を旅することになる。
だから、この旅のクライマックスの一つは衣川の館のほとりにきまっている。そこで、芭蕉は名句を詠んだ。
夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡
芭蕉って、稀代の演出家だと思う。実に巧みに、物語の世界に読む人を引きずり込むではないか。
こんなことを酔眼でパソコンをうっているうちに、本日起きた緊急問題はどこかへ雲散霧消してしまった。
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