直感はまんざら・・・
今年の3月に出版された『韓流の社会学~ファンダム、家族、異文化交流』(イ・ヒャンジン、岩波書店)はとても優れた冬ソナの研究書だ。いくつも教えられる点がある。著者のイ・ヒャンジンさんは李香鎮と書くそうだが、イギリスの大学の準教授で、2005年から7年にかけて立教大学へ客員として招かれている。本書はその時期に研究されたものをベースに書かれたものではないだろうか。
冬のソナタを支持した人たち、私の言葉でいえばソナチアンという人たちはどういう存在だったかを明らかにし、冬のソナタという物語の優れた叙事構造をほどいている。これまで、保守的な男性を中心に偏見をもたれてきたこのドラマを見事に解放している。その知見の一々はいずれまた紹介するとして、冬のソナタのファンから始まってぺ・ヨンジュンのファンダムを形成している人たちについての分析にちょっと耳を傾けたい。
その主体は60年代70年代に青春を送った女性たち、つまり私と同世代かやや年長の世代とイは見ている。AVや漫画、アニメ、といった男性と若者にしか対象にしない日本のコンテンツの隙間にいた層だ。メディアは「韓流おばさん」と揶揄した。
このおばさんの日々とは――毎日、ス―パーで買った惣菜ばかりを食卓に並べても、文句を言わずに食べてくれる夫、子供たちと遊ぼうとせず、電球一つ取り替えないうえ、休日には野球中継を見ながらごろごろしている夫。部屋にこもりきりの子供、など妻として母として与えられたジェンダー的役割をこなしてきた女性たち。それが韓流に出会うまでの身の上だった。ところが、韓流ドラマに出会って、”文化的覗き見”をしてからは、その日常からしたたかに脱却していく「サイバーノマド」となっていったと、イはみている。
このおばさんたちはこれといった政治的な意図ももたない存在だが、韓流という大衆文化を通じて、性や階級や国家という境界を大胆に崩した。この現象を無視したり揶揄したりするのではすまないのではないかと、イ・ヒャンジンは説いている。
これは、2004年に私が冬ソナ特番を制作するにあたって取材を重ねているときに感じたことだ。たかがテレビドラマのファンというふうにソナチアンを見るのはミスリードになるのではないかと、私は周囲に語った。が、メディアの多くは当初タカをくくっていた。特に男性系メディアの新聞や保守的雑誌はこの現象を揶揄ばかりしていた。
そして、あれから4年。この書を手にして感慨をもつ。あのときの直感はまんざら外れてはいなかったのじゃないかと。
ところで、本書に私と高野悦子さんでコラボしたブックレットが参考文献として載っているのを見た時、この本によって教えられるところが多かった私としてはなんだか変な気がした。
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