
長い夏休み
土用の日差しが朝から照りつけている。だらだらと家を出て駅に向かう。
ツヴァイク道を下りながら、今の境遇は長い夏休みのようなものだと考える。子どもの頃、夏休みは長かった。親も忙しかったから行楽に子どもを連れて行くなんてことはなく、午前中は宿題をして昼から近所の川や野原で遊ぶだけだった。毎日、単調で退屈したが、いつか楽しい時間がやってくると漠然と期待していた。
あのときの気分に似ている。今の長い休みの果てに何かが待っているかもしれないと、日々の単調に耐えている。
山道を歩いていると汗が噴き出てくる。ミニタオルがすぐにぐしょぐしょになる。木漏れ日がこぼれるあたりを蝶が飛ぶ。黒揚羽だ。その蝶が私の側を通り抜けたとき、懐かしい気がした。さらにモンシロチョウが3羽4羽と飛んでくる。今朝はやけに蝶が多い。遠く江ノ島は霞んで見えない。
今朝、ときわ荘の写真集を取り出して眺めた。巨匠たちの昭和30年代の若い日々だ。石ノ森章太郎、我孫子素雄、長谷邦雄、寺田ヒロオらは初々しい。貧しくとも夢に溢れた顔をしている。中学や高校を卒業後、漫画家になろうと上京して、このアパートで合宿のように過ごしたのだろう。親や地域からも解放され、貧しくても気にはならなかったろう。「共同体」という言葉がぴったりの光景が次々に現れる。
山中湖へハイキングに行ったときの写真があって、若い女が一人混じっている。石ノ森の姉だ。弟の面倒を見るために時々岩手から上京していた。美しい姉が石ノ森の自慢だった。その姉は23歳の若さで急死、その喪失は石ノ森に深い傷を与えたと思われる。その姉が炊事場で一人料理をしているスナップがある。後姿だ。このとき、彼女もときわ荘の仲間も楽しい夏休みだったのだが・・・。
ツヴァイク道の中ほどに周りを夏草が茂る楢の大木がある。その前まで来ると、風がさーっと渉った。夏草がさわさわと揺れて、木漏れ日が乱れる。まるで「羅生門」の場面のようではないか。風が収まると、再び蝉が鳴き始めた。すっかり亡失していたが、山道に入ったときからせみ時雨だったのだ。
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