渚にて
今日が祝日ということを失念していた。8時半を廻っても家人たちが起きてこないので、一人でやきもきしていると、「休みなのに、なにバタバタしているの」と寝ぼけた声で問われた。
む。すっかり忘れていた。ベッドに戻って本を読むことにした。サリンジャーの「キャッチャーインザライ」村上春樹訳。読み始めたら止まらない。こんなに鋭い小説だったのかと改めて思う。初読のころは、ヴィックスが風邪薬なんてことを知らなかったから風俗が分からなかったように、それほどストーリーもスタイルもよく分かっていたとはいえない。今回読んでみると、筋がきっちり浮かび上がって来る。ホールデンの気持ちも共感できる。
主人公ホールデンが退校になるプレッピースクールはどうやらニュージャージーのプリンストン大学の近郊にあるという設定だ。この20年の間に私はプリンストン大へ4回訪問したから何となく土地勘が生まれ、この小説を読んでいると、風景が浮かんでくる気がする。
と昼過ぎまでだらだらしていたら、家人たちは午後になってそれぞれ東京へ帰って行った。
午後2時過ぎ。海水浴に行こうと思い立つ。家人がいればきっと反対するにきまっている。年寄りの冷や水とかみっともないとか言って、押し留めるだろう。だが、今は誰も反対しする者もいない。
大磯町立図書館に本を返した足で、大磯こゆるぎの浜に出た。海の家にはお笑いの舞台が作られていた。これほどまでお笑いがブームが広がっていると感心する。ばらばらとだが一応観客もいる。海には800人ほどの海水浴客。
大きな波が出ている。じりじりと焼けた砂浜に水虫の足を突っ込むと気持ちいい。
さっそく、一泳ぎ。10メートルほど出て、浜と平行に泳ぐ。時折大波が来て、体を揺する。一度だけ海水を飲む。ゲホゲホしながら、それでも平泳ぎ。
20分ほど泳いで、砂浜で休む。目の前の水際に2歳ぐらいの男の子と女の子が水遊びをしている。別々に来たらしいが、同年代の親しみを感じているらしく、二人はなんとなくいっしょに遊んでいるようだ。
やがて、女の子の母親らしい女性が連れに来る。その女の子は母といっしょに砂浜に上がる。そこには父親が待っていて、3人で仲良くパンやジュースを飲み食いしている。
残された男の子はその様子をじっと見ている。
やがて、母親が来た。40近い。看護師でもやっていそうな、きりっとしたスリムなお母さんだ。男の子の手を引いて、自分たちのパラソルの下へ行き、食べ物を取り出した。
男の子はお菓子を受け取って、口いっぱいに頬張りながら、さきほどの女の子の家族をじっと見ている。
勝手に想像してみる。
その子の母はシングルマザー。たまの休みということで、二人で海に来た。いつも保育所に預けっぱなしだから、せめて今日ぐらいはと張り切って連れて来たのだ。だから、子供用のサーフボードも大型パラソルも奮発して揃えてきた。
だけど、この男の子が一番欲しい、お父さんはいない。他所の子を羨む、わが子がせつないと、シングルマザーは思う――なんて、白日夢を見た。
ちょっとだけ、その男の子の頭を撫でてやりたくなった。
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こゆるぎの浜で拾ってきた貝殻