オ・チェリン(パク・ソルミ)①
「ジェンダーで読む〈韓流〉文化の現在」という面白い本がある。2005年、つまり「冬のソナタ」が放送された翌年に城西国際大学のジェンダー・女性学研究所の主催で開かれたシンポジウムの報告が基調になっている本で、そのテーマは「冬のソナタ」である。
いくつも興味ある発言があるので、これから順に取り上げるつもりだが、まずこのドラマの女性の人物像にこだわった部分を引用し、考えてみたい。発言者は東京女学館大学の尾形明子教授。専門は日本近代文学だが、この「冬のソナタ」にはかなり入れこんだと思われる発言が続々と出てくる。
まず「冬ソナ」には八人の女性が登場する。ユジン、チェリン、チンスク。この3人は高校の同級生。18歳の頃から10年後、その3年後が描かれる。つまり28歳、31歳の年齢の女性像が現われてくる。次ぎに、彼女等の母親世代、ユジンの母、チュンサンの母カン・ミヒ、サンヒョクの母と大体最初は40代でドラマの後半では50代になっているだろう。後の二人はユジンの妹ヒジンとユジンの会社の女上司チョンワさんだ。
この女性群で尾形さんはチェリンが好きだという。
まずチュンサンと出会ったときからあなたは私のことが好きでしょうと、背負ってる発言をすること自体が可愛いという。男の私から見ると、可愛いというより偉そうでウザイ女だと思うが、女性から見れば可愛いらしい。このチェリンを尾形さんは以下のように読み取る。そのイメージの膨らまし方は実に細かい。私も無意識に感じていたことを、尾形さんはしっかり顕在化してくれるので、拝聴したい。
《(チェリンは)おそらくは家も裕福で、美人で、頭もよくて。何しろ若いのにパリから帰ってくると自分でブティックを持って、バリバリ仕事をしているのですから、大変に才能があります。おそらくデザイナーとしてだけでなくて、経営者としても、実務家としてもすごい能力があるんだと思います。だってもしかしたらミニョンがチュンサンじゃないかと思ったときに、彼女は真っ先に興信所を使いますよね。そして、ちゃんときちっと調べ上げてしまう。》
尾形さんの洞察は深い。チェリンはきれいなだけでなく頭のいい娘なのだ。おそらくユジンに次いでクラスで2番目に成績のいい女子生徒だろう。1番のユジンに対してもあからさまなライバル意識をもっている。
実は、このドラマを見始めた頃、このチェリンが相当意地悪で恋仲の二人にいろいろあくどい嫌がらせを続けてゆく人物だと思った。ところが、10話あたりから彼女の犯す意地悪は減っていったのだ。サンヒョクがいつまでも二人にとって重荷になったのに比べて、チェリンはかなり早くに三角関係を諦めるのは意外だった。
尾形さんもチェリンは善意なのに、ユジンに比べられて損な役回りだと指摘している。ミニョン(チュンサン)を大事に思っているのに、その恋人が取られそうになれば、不安になりチェリン的行動をとるのは当然ではないかと、尾形さんはチェリンのカタを持つ。
そのチェリンが酔っ払って泣きながら叫ぶ場面は心に残る。「彼の心の中には私の居場所はどこにもないの。もうユジンの場所だけなの。なぜ私が好きな人は私を必要としてくれないの。なぜそばにいられないの」
こういう苦しみをかかえていることに、主役の二人は気がつかない。その鈍感ぶりを尾形さんは苛立つ。「幸福な恋人たちというのは、いつも大変鈍くて、これはもう二人の世界だけを信じていますから、痛みは感じながらも本当に鈍いですね。」(尾形)
ユン監督は、このチェリンの酔った場面で実に素晴らしい演技を彼女は見せてくれたと絶賛した。→続く。
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