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乗組員

乗組員

20年前、私はシカゴで原爆のときに発生した黒い雨について聞くために、長崎原爆を投下したB29のパイロットに会ったことがある。
レイモンド・ギャラガ―。彼は広島爆撃にも参加している。イタリア系の話し好きの気のよさそうな親父だった。彼は、爆撃に際しては細心の注意を払って晴れた日を選んで出撃したと証言した。その後で雨が降るなどとは微塵も考えていない。真夏の暑い日にまさか雨が降るとは予想をしていなかった。

 ところで、この会見で聞いた話のことでずっと気になっていることがある。それは、もし原爆の投下が不可となった場合、帰りの飛行で海に爆弾を投下するよう指示されていたということだ。というのは爆撃はレーダーを使わず必ず目視投下することが条件だった。有視界爆撃が出来ないのなら、任務を中止して帰還すべし、その帰路に爆弾を海に捨ててこいというのが軍上層部の命令だった。だが、ギャラガ―が語った言葉は意外だった。

「テニアンを出発してまず下関へ一路向い、次に原爆投下目標として我々は小倉に向った。小倉は目標地点が雲に覆われていた。3回、投下を試みたが、目標地点に小さな雲がかかっていてあきらめることになった。」

アメリカの目標選定委員会は、攻撃目標に広島、小倉、新潟、長崎の4つの都市を候補に挙げていて、広島の次は小倉をねらっていた。ところが前日の空襲で小倉には燃え残りの煙がたなびき、雲がかかっていたので、爆撃機は小倉を断念し、次の候補都市長崎へ向う。その機内で話されたことをギャラガ―は打ち明けた。

「長崎に向ったとき、機長のチャールズ・スィーニーは爆撃責任者のアシュフォードをコックピットに呼んで当面の重要な問題について協議した。それは、つまりこういうことだった。見ながら爆撃する目視投下が無理ならばレーダー投下しかない。少なくとも沖縄の基地まで持って帰るには、爆弾が重過ぎて燃料が持ちこたえられない。」
機長と爆撃手は意見が分かれた。
「アシュフォードは『私は、本部から目視投下を厳命されている』と主張した。するとスィーニー機長はにやっと笑ってこういった。『一応15分間待つけれど、もし長崎に投下しないなら、海に落すしかないぞ。だって沖縄まで持って帰れる状態じゃないのだから』」
作戦終了後、B29は最寄の沖縄に帰還する予定だったのだが、重量が重いと航続距離が短くなることを機長は暗示したのだ。

5分後、爆撃機は長崎上空にやってきた。そこも厚い雲に覆われていた。そのとき、アシュフォード爆撃手が決意したと、レイモンド・ギャラガ―は証言する。

「『私がすべての責任を負おう。もし目視投下ができないならば、レーダーで爆弾を投下する方法を取る』緊張した面持ちでアシュフォードは言った。私は、ではレーダー爆撃でやるのだなと推測した。原爆がセットされ、B29のハッチが開いた。レーダーによって原爆を投下しようとしていたその時、爆撃手のビーハンが雲の裂け目をみつけたのだ。ただちに機はビーハンの支配下に入った。機の高度や方向などすべて、ビーハンのコントロールのもとに置かれ、照準が合わされた。そして、ビーハンは原爆をB29から放り出したのだ。」

 最高責任者のスパーツ戦略空軍司令官は「有視界爆撃」を絶対条件にしていたが、現場は違っていた。そして命令に反してレーダーで投下しようとしていた。それは帰りの負担を軽くするためになら、目視でなくてもやっておこうという、現場判断だったのだ。おそらくB29の乗組員たちは原子爆弾というものの途轍もない破壊力、非人間性などということは分っていなかったのだろう。
だが、その時、「不幸にも」長崎兵器製作所の建物が雲の切れ間から見え、レーダーでなく目視による投下が実行されることになったのだ。

 現在のギャラガ―自身は、その行為をどう思っているのか聞きたいと私は思った。
あの原子爆弾で長崎だけでも10数万の人が死傷したのだが、あなたはその事実をどう思うかと、私は質問した。それには、彼は直接答えず、彼の私製の封筒を私に見せた。その封筒には原爆の写真と一つの標語が記されてあった。「原爆が戦争を終結させた」

 彼がカトリック信者だと知って、私はさらに質問した。「ナガサキは日本でも有数のカトリックの信者の多い街だというのは、どう思うか」彼は、幾分遠慮した口調でこう言った。
「原爆の投下地点は、作戦会議終了後乗員全員で検討して決めた。我々の意見では(長崎の)谷間の奥で一致した。そこにはミツビシ工場があって、不運なことに住宅街もあったのだね」


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by yamato-y | 2008-04-12 19:44 | 30年の自画像 | Comments(0)
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