歳末の空
ゆるゆると山を登る。九十九折りの一つ目は長く、上がりきった角で休むことにしている。荷物を下ろして周りを見わたす。冬仕度の小鳥の囀りが喧しい。ケヤキもすっかり葉を落した。名前も知らない雑木の赤い葉が微風にくるくる揺れている。遠く相模湾に江ノ島が浮かんでいる。大気が澄んでいるのか見晴るかすことができた。森の上にぽかりと開いた空は雨上がりのせいか厚い雲によって鈍色になっている。
第1次定年、還暦という現実がなかなか受け入れられず、このところ精神が不調だ。3年前に現役から半分退いた身になったときから、時々襲ってきた鬱々とした気分にまた捉われている。心にも生活習慣病があるのではないかと思ってしまう。
仕事人間で来たから、仕事が減ったり無くなったりすると途端に塞ぎこむ。文楽三味線、日本のSFと春から秋にかけて、今の私なら全力疾走といえる仕事ぶりでやって来た。それが終り、来年の3月放送の作品しかなくなると忽ち心の風船が萎む。番組を作っているという習慣から離れられないのだ。
だが、物憂さはそれだけではなさそうだ。やはり60歳という節目を意識しているのだろうか。もう60歳になったかという、失望がボディブローとなっている。これまで何をやって来たのだろうか。中也の詩ではないが、おまえは何をしてきたかと風が吹く。
図書館で、20年ほど前に出版された『ぐるっと海道3万キロ』の東北編を見つけて借りた。同名の番組のノベライゼーションで、執筆しているのは私のよく知っているドキュメンタリストたちが名を連ねている。青函連絡船、気仙沼、銚子、夢の島、まだ若かったディレクターたちの筆はみずみずしい。その文章を追ううちに、鼻の奥がつーんとしてきた。
テレビがまだ何かを信じていた時代だ。あの当時、ここに書いている人たちと並んで、私も必死で走っていた。仕事を疑うことなく、観客というグローブに球を全力で投げ込んでいた。今はどうだろう。その行為を全面的に善しとできない。善しと言い切ることに躊躇いがある。
昨夜、黒澤明の「赤ひげ」を見た。薄幸の女が赤子をおんぶして、頭を下げている光景は長く心に残った。虐待で心が捻じ曲がった少女が寝ずの看病する姿。嗚呼、この作品は黒澤がまだユマニスムを信じていた頃の作品だった。これを作っていた頃の黒澤は映画を信じ自分も信じていたのだろう。その後にやってくる「トラ!トラ!トラ!」の挫折から始まる昏迷を思うとやるせなくなる。
曲折があったにせよ、その後も映画を撮りつづけて、わりと長命だった黒澤は晩年のスタイルということをどう考えたのだろうか。
夕方になった。西の空がうっすらと焼けた。鴉が2羽3羽飛んでゆく。
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