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定年再出発  

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シリーズ・作品回顧①

「もう一度、投げたかった」

 この「定年再出発」のブログは、新しい番組を目指して企画を考えたり表現方法を模索したりすることを念頭において立ち上げたのですが、一方で三十年にわたって作ってきた私自身の作品についても振り返っていこうと思うのです。その当時夢中になっていて見えなかった事情や作品の自己批評も加えて回顧しようと考えました。これも定年という一つの区切りがあってできることかなと思うのですが。

 1993年秋、私が広島にいた頃の話です。部下に広島出身のディレクター0君がいました。彼は工学部を卒業したいわゆる理系センスの持ち主で、〈物語をつむぐ〉というのが苦手のようでした。企画を立ててもどこかで聞いたことがあるような話であったり、お笑いのギャグになってしまったりと、ストーリーが作れず悩んでいました。
 ある日、「君の好きなものは何だ」と私は0君に尋ねました。「野球です」と応える。東京の大学にいる頃はいつも後楽園に行っていたという。「好きな球団は?」「もちろん広島カープですよ」津田投手のファンだ。上京して一人暮らしを始めたとき真っ向勝負をする津田のピッチングにずいぶん励まされたと0君は上気した顔で話すのです。私には何かピンと来るものを感じました。「2週間やるからカープのことを調べてみろ。取材に行ってこい」期間限定で0君をオフィスから放り出しました。
 それから数日間ウンともスンとも言ってきません。ちょうど2週間目に電話が入りました。今九州にいて津田投手が入院していた病院を取材していますと意気込んで報告するのです。ここから「もう一度投げたかった~炎のストッパー津田恒美の直球人生~」の制作が始まったのです。
 津田恒美、山口県新南陽市出身。協和発酵から昭和57年広島カープに入団し、直球勝負の投手として活躍。現役時代はセーブ王として名をあげ「炎のストッパー」と言われた。しかし平成2年に突如として引退。ファンの前から姿を消した。――これぐらいの知識しか私にはありませんでした。辞めた後の彼はどうなったのかと0君に聞くと、「彼は脳腫瘍のため1年前に亡くなりました。享年32ですよ。」と口惜しそうに告げます。どうやら0君は津田の非業の死を追っているらしいということが私には分かりました。でも活躍した
投手が亡くなった情報だけでは「ストーリー」は作れません。0君はどんなリサーチ結果をもって帰ってくるのでしょう。正直のところ、私はそれほど大きなものは期待していませんでした。
 帰局した0君の報告によれば、病気になった後津田は山口の実家に戻ったそうです。そこで療養していたが思わしくなく福岡の総合病院へ移り治療を受けることにしました。一時は奇跡的に回復し現役復帰も夢じゃないと思われましたが、再び腫瘍が広がりついに亡くなったのです。早い死でした。短い期間でしたが彼の真っ向勝負のピッチングは大勢のファンの目に焼き付いています。
 0君の報告の中に気になるエピソードがありました。福岡の病院へ搬送されるときの救急車の出来事です。球団のトレーナーが付き添っていました。津田は意識が混濁しています。「津田!しっかりしろ」と声をかけると、利き腕をトレーナーの方へ向けてマッサージしてくれと催促するのです。それから腕を振って投げようという仕種を見せたと、0君は目を赤くして話します。心に沁みました。津田投手の「もう一度投げたい」という思いを知った気がしました。0君は何かをつかんで帰ってきたのです。
 そして、幸運にも晃代夫人が日記をつけていることも判明しました。現在は熊本県八代の実家にもどりその日記をもとに執筆をしている最中だとの情報を0君はつかんできたのです。私は彼といっしょにすぐに八代へ飛びました。
 それは大学ノートにびっしりと書かれてありました。津田の病態、投薬、治療、そして津田の発言まで記してあるのです。これを土台にすえれば津田投手の闘病ドキュメントが浮かびあがる、そう私は確信しました。
 八代の実家へ晃代さんを訪ねたことは正解でした。晃代さんは思わぬ“ブツ”を所有していました。津田愛用の練習ボールです。そのボールには一球入魂という字がうっすら残っています。裏側を見ると「弱気は最大の敵」と書かれてありました。あの、強気で直球勝負の津田が刻んだ言葉としては意外でした。実は、この言葉こそ津田が最後まで病気と闘ったことを明かす証拠だったのです。そのボールには津田の指の跡も残っています。この球には津田投手の魂が宿っている、目にしたとき私は感じました。

 放送を終えるとすごい反響がありました。うれしかったのは、普段ドキュメンタリーなど見ないような高校生から手紙をもらったことです。彼は野球に自信をなくして部をやめようと思っていたときこれを見て、あきらめたら津田さんに申し訳ないと再びグランドに立つことにしたと、書いてきました。スランプで苦しんでいた槙原投手は、番組に感銘を受け奮起します。次のシーズンで完全試合を遂げたた時、津田投手に感謝するというコメントを発表しています。
 たかがテレビの番組ですが、人の人生に大きな影響を与えることを、私はこの番組で学んだのです。

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by yamato-y | 2005-02-20 16:07 | シリーズ作品回顧 | Comments(0)
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