
野菊のごとき君なりき
佐藤忠男の『日本映画の巨匠たち』の頁を繰っていたら、1955年の木下恵介の「野菊のごとき君なりき」(原作は伊藤左千夫)のスチール写真があった。民子を演じた有田紀子の土手に座って微笑む写真だ。その笑いがさみしそうだ。この映画の作法ではないが、何か遠い昔の思い出を呼び覚ますような写真だ。
この伊藤左千夫によって書かれた物語とはーー。
戦前の草深い田舎、いとこ同士の政夫と民子は、まるで姉弟のようにして育った。民子が十七歳、そして政夫が十五歳の秋。民子は病気がちの政夫の母の看病にあたっていた。幼馴染であったが、この看病を契機にふたりは淡い思いを抱く。
あるとき、二人は山へ綿摘みにゆく。そこで仕事を終えたあと、二人は土手で語り合うのだった。花に例えるなら政夫はリンドウだと民子が言う。政夫は民子を野菊という。
だが、頑迷で因循な田舎の人々は二人のうわさをして、二人の仲を裂いてゆく。政夫は町の中学へ早々と送り出される。民子は無理やり実家へと送り返される。まもなく民子は資産家の息子のもとへ嫁ぐのだった。
それから1,2年月日が流れ、政夫の下に電報が届き急いで帰省する。民子が病死したのだ。結婚したものの鬱々とした民子は病気になり実家へ戻された。そして病を養ったあげく死んだのだ。何も民子は語らなかったが、その胸にはリンドウの花と政夫の手紙がしっかり握られていた・・・。
山口百恵や松田聖子らによっても演じられ、「野菊の墓」という作品は感傷的青春映画の定番と言われている。涙なくして見られないという映画宣伝の惹き文句だ。それはどうでもいい。この二人の映画は見ていない。私が見たのは、木下恵介の「野菊のごとき君なりき」だ。この映画に出演した有田紀子はそのままタミだった。はかなげで淋しい運命を生きる少女だった。この女優はこれ以外の映画で見たことがない。早々と映画界を去ったようだ。
このタミの前に立つ政夫のひ弱さが私の胸をうつ。何もしてやれず、老年になってからただ回顧して悲しんでいるだけの男。
この左千夫の小説が出たとき、夏目漱石は絶賛したという。漱石は何に引かれたのだろう。私には目に沁みる一枚の写真。
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