懐旧の情降り止まず
明け方に昔の夢を見た。田舎の本屋の出来事。3軒しかない書店の一つで一番小さかった店での光景が広がっていた。店の奥、薄暗い帳場に白髪の親父が座っている。書籍の注文伝票を整理しながら、時折店内の客に視線を向けている。それだけだ。なのに、懐旧の情があふれる。
その店の妻もときどき出ていたが和服だった。末の息子は私のイッコ上の学年だった。気の弱そうな小学生だった。下校の途中でべそをかいているのを見たことがある。その店頭に小学5年生なんていう広告が貼ってある。私は父から言われた注文の本を取りに行っていた。謡曲の本だったかそれとも「キング」だったか。
別の書店も思い出した。一番手広くやっていた店だ。しっかり者のおばさんが切盛りしていた。「髪結いの亭主」はたまに店に出るぐらいだ。そのおばさんもいつも着物だった。新学期の教科書を販売するときも店員を引き連れて学校に来た。
町に出て、行く場所といったら本屋とレコード屋と映画館だけだった。紅茶色の私の自転車をキコキコ漕ぎながら行った。映画館には小学生は1人で入場できないから、案内板の宣伝スチールを眺めるだけ。東映映画が一番見たかったが、松竹系を見せるミラノ劇場のスチールが気になった。「紺碧の空遠く」なんて、意味がわからないタイトルだったが白い海軍服の青年がまぶしかった。たしか山本豊三だった。森美樹という女のような名前の俳優が気になった。目が吊り上っていて笑顔はまったくない役者だった。映画の本編は見られないが、「平凡」や「明星」をよく立ち読みしたから見たような気分がいつもあった。森美樹は天下の大悪人豊臣の残党山内伊賀亮を演じていた。吉宗の落胤を名乗る天一坊を押し立てて天下を取る陰謀をたくらむという物語。森がからめとられて見得を切っている場面の前でずっと立っていた。
今、検索したら1960年の「天下御免」という作品らしい。安保の年か。
前年は反対闘争が激しかった。小学生の私も訳がわからないまま「アンポハンタイ」と口にしていた。でも、そんなことより森の映画が見たかった。森は60年に26歳の若さで急死している。死因はガス中毒だという。
夕方が近づくと、また自転車をキコキコいわせて帰った。国道だったが車の交通量は多くない。映画が好き勝手に見られたらいいなあと思いながら、薄暗くなった道を電灯もつけずに(というか、子ども自転車にはなかった)家に向かった。
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