三郎さん
『ミステリと東京』という川本三郎の最新作を読む。あとがきが2007年9月とあるからつい最近出た本だ。いつもと同じ実直で少しセンチメンタルかつユーモアがうっすらとある文章に触れてほっとする。
今年の春に「あしたのジョーの、あの時代」という番組を制作したときにキャスターをお願いしたいと思っていたが川本さんのご都合で実現できなかった。なんとなく大丈夫かなあと心配していたが、近作の文章を読むかぎりあの川本節なので安心したというわけだ。
もう15年ほどになるだろうか、これまでに数本、私の番組に出演していただいている。
二年前には、伝説のカメラマン木村伊兵衛の番組に出ていただいて、銀座のルパンで話を聞いたことがあった。相変わらず素朴でおしゃれな人柄で楽しかった。老眼鏡を鼻メガネにするのを見て、ああ万年青年の川本さんも還暦を越えたのだと感慨をもった。
一番印象に残っているのは1994年秋に制作した井伏鱒二の番組である。この番組のキャスターとして福山まで出向いてもらった。ちょうど私は広島の放送局に在籍していたので地元の文豪を描きたいと井伏ファンの川本さんに解説していただいたのだ。
その年の秋に大江さんがノーベル賞を受賞して、大江ブームのさなかであった。その大江さんが福山で井伏鱒二の講演会に出場されると聞き、お二人の対談をお願いしたところ、二人は快く応じてくれて、実のある議論が生まれた。福山市の公会堂の控え室で楽しげに対談している二人の姿が忘れられない。
その後、川本さんは井伏の生家やゆかりの場所を巡っていく。お馴染みの白い帽子をかぶってリュックをかついで、おそらくPAPASであろう衣装を身にまとって、飄々と歩いていく姿はまぶしかった。その後川本さんの紀行文を読むたびにその姿が脳裏に現われる。
川本さんの「趣味」は私のような団塊世代に大きな影響を与えている。懐かしの日本映画をフィルムセンターで見ることや、千葉あたりの近所田舎を旅することや、浅草深川あたりの下町を荷風にならってぶらぶら歩きすることや、著名な文士のお墓を訪ねる掃苔や、手塚やつげよしはるの漫画を読むことなど、その影響は数限りなくある。
近作の「ミステリと東京」もまたノスタルジックな東京論で、その味を堪能した。
この著書で教えられたことが一つある。アメリカには本屋の分類でノスタルジーというコーナーがあることだ。面白いなあ。なんか、番組でもそういう分類のものが出来ないかしらと、つい商売っけを出してしまう。
読んでみたくなったミステリをメモしておこう。長坂秀佳『浅草エノケン一座の嵐』、小杉健治『灰の男』、広瀬正『マイナスゼロ』、中井英夫『虚無への供物』。そして、川本さんイチオシ、島田荘司『火刑都市』。
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