ユーラシアの彼方へ
久しぶりの大磯の森にいる。まったく音がない。虫の音もない。静かだ。
5ヶ月に及ぶ仕事から離れて、ようやく自分の席にもどったという思いだ。
昔の資料の入った古い箪笥の引き出しを開けて、古い写真や記録を読んでみた。スェーデンに行ったのもこんな時期だった。大江さんのノーベル賞受賞の取材だった。現地は夜が長くなっていた。午後3時で夜のとばりが降りた。
授賞式は午後4時から始まり、6時過ぎには晩餐会となったが、その頃になると真夜中まで夜更かししているような気がしたものだ。
ストックフォルムの郊外に足を伸ばすと霧が出ていて、ハイウェーが幻想的だった。オレンジ光の街灯が美しかった。同行の親友のKカメラマンが撮影した映像を後で見ると、美しさは際立っていた。10月末のスェーデンは寒くはなかった。
ホテルの前がバルト海だった。港の石畳が霧で濡れて光っていた。コツコツと音をたてて歩くのが楽しかった。
「ノーベルの旅」は番組を2本制作しただけで、これまで何も書いたことがない。大江さんと家族の身近で取材したので、たくさんの資料を持ち帰ったが、帰国後から仕事に追われ、さらに翌年脳内出血を発症したので、書く機会を失したのだ。
リタイアして時間が出来たら整理しようと思いながら現在に至っている。
このとき買って来たイコンが私の部屋にかかっている。聖母子像だ。これを見ると、長夜のストックの街の燈を思い出す。あのときの大江さんと同じ年齢に今私はいるのだが――。
三好達治の詩を思い出す。
春逝き 夏去り 今は秋 その秋の、と始まる「汝の薪をはこべ」という詩だ。中ほどの連にこんな一節があるのだ。
ああ汝 汝の薪をとりいれよ 冬ちかし かなた
遠き地平を見はるかせ
いまはや冬の日はまぢかに逼(せま)れり
冬は近づいているのに、まだ私は薪を運び込むことができていない。
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