夕焼けと銭湯
諫早と言う町がずっと気になっている。佐賀から長崎に向かう途中にあり、町の両脇に大村湾と有明海が迫っているため、諫早は「つなぎ」の町のようにみえる。だから地峡の町と言われる。本州の西端にある人口7万ほどの小さな町だが城下町であり、高名な文学者を幾人か輩出している。伊東静雄、野呂邦暢、林京子、近年では脚本家の市川森一らがいる。林は長崎原爆に被爆後長く諫早で少女時代を送っている。
野呂邦暢の『小さな町にて』というエッセーとも小説ともいえない作品を読んだ。彼が大学受験に失敗して京都や諫早、東京を彷徨する自伝的作品だ。そのなかで大森山王に住んだときのことが出てくる。彼は映画と古書店を巡り歩くことが好きだった。お気に入りだった山王書房という古書店の主人について、野呂は書いている。
その主人は、俳句と歌と古書が好きでさらに夕焼けと銭湯が好きだったと、野呂は懐かしそうに書いている。「夕焼けと銭湯が好き」という、この一節が気にいった。
今では高いビルが並んでいるが、昭和30年代には大森はまだ閑静な住宅街だった。坂の多いこの街では夕焼けがさぞ美しかったのだろう。家々には内風呂が少なく、たいていは銭湯へ通った。明るいうちに風呂に漬かることは最高の贅沢だった時分だ。
野呂は若くして亡くなるが、端正な文章は早くから知られていた。彼の世界にながくこだわっていた人を知っている。向田邦子だ。向田は最晩年に野呂の「落城記」をテレビドラマ化している。主演に岸本加代子を抜擢した。この撮影の感想を報告したのが、岸本が最後に見た向田の姿だったということを、私は岸本から聞いた。その折、向田がどれほど野呂邦暢の小説を愛していたかを岸本は話してくれた。
私の中に、伊東静雄―野呂邦暢―向田邦子という一つのラインがずっとある。
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