定年再出発 |
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橋本忍さん
慌しい日であった。「文楽」のこれからのポスプロのリソースの手配、ナレーターの選出、広報番組の打ち合わせなど目白押しであった。私の苦手なオフィスコンピュータによる業務の打ち込みもあった。そんなスケジュールの隙をねらって2時から4時まで、シナリオ作家橋本忍氏を訪ねた。 友人のU山氏がこの数ヶ月橋本さんにロングインタビューをしているのだ。そこに便乗した。 橋本忍といえば日本を代表するシナリオライターだ。「七人の侍」、「生きる」、「切腹」、「張り込み」、「砂の器」、「私は貝になりたい」、「日本沈没」、「八甲田山」とヒット作が並ぶ。自身、作家というよりシナリオの職人と称している。映画をヒットさせることだけを考えてシナリオを書いたのであって芸術作品を作ろうとしたわけではないと、氏はさらりと語る。 そもそもは、橋本さんは姫路で生まれまったく映画とは縁がなかった。中学を出て軍隊に入ったが結核に罹り療養することになる。そのとき隣のベッドにいた兵隊がシナリオを読んでいたことから興味を持ち、伊丹万作のもとに作品を送り、指導を受けることになる。その伊丹が死去したため、伊丹夫人より佐伯清監督を紹介された。 そして昭和24年、芥川龍之介の短編小説『藪の中』を脚色した作品を書く。その橋本脚本が佐伯監督を通して黒澤明に渡る。そして黒澤の助言により芥川の同じ短編小説『羅生門』も加えて完成。この脚本を基に翌1950年黒澤が演出した映画『羅生門』が公開され、橋本忍は脚本家としてデビュー。同作品はヴェネチア国際映画祭グランプリを受賞するなど高い評価を受けた。橋本さんのデビューはなんと『羅生門』なのだ。 井の頭線、新代田を降りて環状7号線から少し住宅街に入ったところに冠木門の古びた屋敷がある。そこの書斎で橋本氏は待っていてくれた。今年90歳になる。髪は染めているとは思えず黒々としている。やや言葉が不自由だが眼光鋭く、頭脳明晰、記憶もしっかりしていた。 氏は持論としてシナリオの書き直しに応じたことはない。今回、初めて書き直しをしたと新しい台本を見せてくれた。「私は貝になりたい」だ。 これは、1958年にフランキー堺が主役を演じて評判をとったTBSのテレビドラマだ。なぜ、これを書き直そうと考えたのか尋ねた。 盟友の菊村到から、この台本はお前の中の作品の中で、A,B,Cと等級をつければCクラスだと批判されたことが橋本さんの耳朶に長く残っていた。さらに、黒澤明監督に言われた言葉が忘れられないと橋本氏はつぶやく。 「貝になりたい」がテレビで話題なり、映画化の話が出たことがある。適当な監督がいないので橋本さん自身がメガホンをとることにした。そのことを報告しに橋本さんは黒澤邸に出向いた。なんでも協力するよと黒澤が請け負ってくれたが、その後に言った黒澤の言葉が橋本さんには忘れられない。 黒澤明はその台本を手のひらに載せて(まるで出前の岡持を持つように)一言言った。「何かが足らないな」 橋本さんは当時はこの意味が分からなかった。近年になってようやく分かるようになった。 テレビドラマは映画に比べて密度が薄いのだ、テレビドラマを映画にしようとするならもっと書き込まなくてはならないということではないかと、橋本さんは黒澤の言葉の真意を今推測する。 橋本説。映画の創成期、フィルムのコマは1秒間に30コマほどだということは知られていた。 知っていながらあえて24コマにしたのは少ないカットにしてさらに観客の感動を奪いたいと映画創世記の人たちは考えたのだ。コマ数が少ないということは、視覚を緊張させる。しっかり見ていないと映像の意味事情が把握しにくくなる。だから観客は映画を見る限度は2時間10分がせいぜいだと、橋本説はする。 比べて、テレビは30コマ(フレームという)。これはなだらかに目に映る。それほど意気込んで見なくても観客は映像を理解できる。時にはながら視聴もできる。こういうテレビのドラマの映像と映画のそれとでは自ずと違ってくるのではないかと、橋本さんはわれわれを前に立て板に水を流すがごとく延べる。とても卆寿とは思えない。 このテレビと映画の差異を意識して、今回「私は貝になりたい」を自主的に橋本さんは直していたら、ある映画会社から声がかかり来年のいい時期に公開される運びとなったそうだ。 その橋本さんの映画人としての肖像は、「砂の器」にあると思う。そこに秘められたさまざまな模様を、U山君は6月10日から20日までのよき日に、カメラを置いてインタビューする。私も、なんとかこのプロジェクトに加わりたいと願ってはいる。 来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
by yamato-y
| 2007-06-01 21:32
| 賢者の面影
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