ひとり酒場で
7時過ぎまで、ドキュメンタリー「文楽」の編集立会いをしていた。終わって局社の外へ出ると糠雨が降っていた。梅雨が近づいているのだろう。
自席に戻ると、同僚の大半は退社していた。ちょうど人事異動で転勤祝いの飲み会などがあちこちで開かれていることだろう。私は30分ほど伝票整理をしてから社を出た。
さきほどまで見ていた「文楽」のさまざまな場面が頭を過って消えない。このまま家へもどっても軽い興奮が続いたままになるだろう。いっそクールダウンさせたほうがいいと思って、「駒形どぜう」の暖簾をくぐった。熱燗と冷奴でいっぱい飲む。
今夜は肌寒いせいか、熱燗がうまい。五臓六腑に染み渡る。
かばんに入れておいた須賀敦子の「どんぐりのたわごと」を取り出して、酒をちびちびやりながら読む。得も言われない時間だ。
酒を飲みながら友人のNくんのことを思った。今年の人事異動で何かうごきがあっただろうか。先日、渋谷の交差点で遠めで彼を見た。ふだん穏やかな彼なのに、怖い顔をしていた。何か苦しいことがあるのじゃないか。
ふと、18歳の頃に覚えた歌が口をついて出る。「心さわぐ青春の歌」といった。
♪ぼくらにゃ ひとつの仕事があるだけ
自由の国照らす 仕事がひとつ
雪や風 星もとべば
心いつも かなたをめざす
この歌を覚えた頃、大学の先輩井上靖の内灘での詩「北国」を愛唱していた。たしか内灘砂丘に井上と思しき青年がマントにくるまって寝転がっていた。そして天上の星を見ていた。一瞬、ある星が流れた。青年はその星はきっといつか己が額に落ちるだろうと思った、という詩であった。
Nくん、星はまだ落ちていない。いつかきっと君の額を貫くはずだ。もう少しだけ待ちたまえ。
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