生活習慣病
3月から続いた繁忙期が去った。この間学んだことは昔ほど無理がきかないということだ。
昨日の内視鏡検査で見つかった腸の炎症は、多忙から来るものだと推定された。3月初旬から先週の「後藤新平」オンエアーまで5本の番組が複合して続いたことに起因するのであろう。
番組制作とは、企画を別とすれば〈リサーチ、撮影、編集、追加撮影、仕上げ〉と作業が切れ目なく続く。ディレクターであれば当該の作品1本に向き合っていけばいいが、プロデューサーは数本をかけもちする。すると、先述の作業がいくつも重なり合うことになる。
リサーチ、撮影、リサーチ、編集、追加撮影、撮影、仕上げ編集、追加撮影、仕上げといった塩梅だ。2本重ねてでもこうだが、私の場合、全盛期は8本重なっていた。それぞれ違うネタである。読む資料も思考もその都度切り換えるという芸当が必要とされた。編集、仕上げという段階では半徹夜という日が続いた。
多忙を極めるが、それをやり終えたときの達成感は格別だった。だから、この複合的番組制作は「生活習慣化」した。その挙句、47歳のとき過労からくる脳内出血を起こすことになる。
入院騒ぎがあって2年ほどはおとなしくしていた。が、50歳前後から海外取材の番組が増えてまた懲りずに仕事人間に戻っていった。私はプロデューサーのくせにロケの現場にまで出かけることが常態化した。例の作業の流れが5重6重になっていった。あの生活習慣が復活したのだ。それから1次定年の57歳まで疾走した。特に1年前の56歳のとき、「冬のソナタ」と出会い、それまで関わりのなかったドラマの世界にまで深入りした。
定年で身分が変わり業務量が大きく減った。それにショックを受け気持ちが落ち込んだ。およそ半年は鬱々とした。他ジャンルの若い人たちと新しいことでも始めようと思い、およそ1年プライベートな会を運営してきた。その拠点としてきた公的施設が今年の3月に閉鎖。その時期に、今回の私の多忙業務が始まったこともあって、再び「生活習慣」にのめりこんでいった。
そして、昨日の検査の結果である。昔なら難なくこなした仕事量が、体に変化を与えるほどになっていた。つまり、「老い」たということか。
今朝、寝床の中で思った。今かかえている仕事は6月24日放送の「文楽」1本だけだ。これが終われば当面企画はない。さてどうしよう。新しい企画を3つ4つ考えるか。それとも、今度こそ悪しき「生活習慣」を断ち切るべきか。
だが止めたとして、私に他に何が楽しみとなる。生きるはりとなる。仮に続けたとしても、もはや体力が追いついていかないことも明白になった。自問自答を繰り返す。
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