サラリーマンの俳句
「昼飯でも食べませんか」
昔の部下から電話があった。珍しい人からなので互いの近況を報告しあった。彼は人事異動があって昇進して北の放送局に行くことになったそうだ。「おめでとう」と言うと、別にそれほどめでたくもありませんとむすっと答えた。ふーん、不満なんだ。
会うと、ぐずぐず言い始めた。何で僕なんですかねと、赴任先のポストを口にする。日ごろそういうことに恬淡として番組に情熱を注ぐタイプだったけど、やはり勤め人の性(さが)からは逃れがたいものなのだ。私も現役の頃は異動の時期になると、そういう煩悩に苛まれたものだ。と私が言うと、元部下は「え?○○さんでもそんなことを思っていたのですか。まったく関係ない人だと思ってたけどな」と驚く。バカ。サラリーマンであればそういうものだ。君は源氏鶏太を読んだことがないのか、と思わず怒鳴りそうになった。
この可愛い部下のために、とっておきの俳句を紹介してやった。
秋鯖や上司罵るために酔ふ
そうだ。サラリーマンの飲む酒というのは大半が愚かな上司に対する不満からにきまっている。その憂さをはらすためにビールでも焼酎でも熱燗でもなんでも飲む。それでも、そんな情けないことを人には言えないと思って腹に納めて酒を飲めば顔は強張る。
公魚をさみしき顔となりて喰ふ
公魚はわかさぎと読む。
同僚が昇進したと聞かされると心境は複雑だ。
冷え過ぎしビールよ友の栄進よ
昔、ボーナスを賞与といった。査定があって優劣がつけられたのだ。
冬薔薇や賞与劣りし一詩人
この詩人の名前は草間時彦。長く大手製薬会社に勤め上げた人だ。草間の句はグルメとサラリーマンの心境を得意とした。むろん下積みのサラリーマンだ。
どうだ、S君。君一人だけじゃないって分かっただろう。
え、何だって。過激な発言をしていた新川明は「沖縄タイムス」の社長にまでなっているが、それはどうだと聞くのか。
懐かしい名前だ。昔君といっしょに民主主義を考える番組を作ることがあって、そこに沖縄の反復帰論者の新川さんに出演してもらったことがあったな。著書に「反国家の兇区(きょうく)」などがあって、反米反権力を唱える反骨の人物だった。そうか、あの新川さんは若い頃左遷されて離島にまで追いやられたりしたが、その後社長にまで昇進したのか。まあ、この際、例外もあるとS君には言い抜けておこう。
草間だってグルメとサラリーマンの愚痴の句ばかり詠んでいたわけではない。
若葉冷えて三田に山本健吉忌 草間時彦
愚痴とグルメにやつしながら、心は錦さ。
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