秋でもないのに
このブログの初期にマイフェバリットソングというのをシリーズで書いていた。
私の好きな歌の数々を書いたのだ。久世光彦の「ラストソング」を真似したのだ。
最近、書いていないが、今夜はちょっとその領域にはいってみよう。団塊のセンチメンタルイベントだ。
桜が咲くこの時期は、ちあきなおみの「花吹雪」がぴったりだが、これはそれなりの長い説明を要するから今夜はパス。
代わりに、本田路津子の「秋でもないのに」を提出しよう。
秋でもないのに 人恋しくて 淋しくて 黙っていると
誰か私に 手紙を書いて、書いているような
故郷もない私だけれども どこかで呼んでる、そんな気がして
うろ覚えの歌詞だ。特に後半は危ない、正確でないかもしれない。でも、この歌はいい。時々機嫌がいいとき口に出てくる。誰か私に手紙を書いているような、というせりふにうっとりする。
話は違うが、大江健三郎の『静かな生活』に登場するマーチャンは健気だ。障害をもつイーヨーをかばって一人奮闘するのだ。そんなとき湯気をしゅっしゅっと立てながら、「なにくそ、なにくそ」とがんばる。
今、私はそんな心境だ。思いもよらない仕事の洪水に悲鳴を上げそうだが、がんばってこの難局をこらえてみようと思っている。なにせ、普段ならすぐ弱音を吐く私で、息子や娘にも負けてしまうぐらい、こらえ性がない私が、今回の仕事の洪水を「なにくそ、なにくそ」と言って乗り越えることができるか。
こんな私が一歩ずつ前のめりで歩くことができるのは、マーチャンの「なにくそ、なにくそ」だ。私は大江文学によって励まされることが実に多いと、あらためて思う。
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