雪のない今年の2・26

この冬が暖冬であることははっきりしてきた。おそらく、今シーズンは東京および近郊には一度も雪は降らないということになりそうだ。これは私の関東暮らしでも初めてのことだ。
東京はだいたい年が明けてから降ることが多い。1月末から2月にかけてだ。そして雪が降った日に重大な事件が起こるというのは定説化している。
3大雪の中の事件――赤穂浪士討ち入り、桜田門外の変、そして2.26事件である。
昭和11年2月に入って早々から東京は49年ぶりの大雪にみまわれた。26日も朝9時から降りだしていた。陸軍の青年将校に率いられた兵士らが重臣たちを襲撃した。斎藤内大臣らが暗殺された。東北の村々で窮乏する民衆を思って将校たちは立ったのだが、その後、この決起した部隊は反乱軍として鎮圧の対象となってゆく。暗殺の報に接した天皇が「激怒」したことから国を憂う青年らは反乱の汚名を着せられてゆく。軍上層部の思惑、策謀、背信が入り乱れて、反乱は4日後に鎮圧される。その後慌しい軍法会議が開かれ、首謀者は処刑されたのだ。この事件は昭和史最大の謎とされ、未だに真相は解明されてはいない。
この事件が起きたとき、事件関係者の電話が盗聴された。誰が何のために行ったのか、中田整一は30年にわたって、この出来事を追求、取材してきた。このほど、その研究成果を『盗聴 2・26事件』(文藝春秋)にまとめ世に問うた。話題になっている。今朝も読売新聞の書評欄に出ていた。立花隆も書評で高く評価していた。
中田さんは私の大先輩にあたる。数々の名作を制作してきた名ディレクター、プロデューサーである。30代後半に、この盗聴を記録した音盤に出会ったことからライフワークとして、昭和史を追求してきたのだ。
この話題の書を昨日入手し、今朝ずっと読みふけった。大変な労作だ。膨大な資料の渉猟、読み込みを経て書かれたことは一読瞭然だ。しかも、これまでテレビドキュメンタリーとして発表されたものをまとめるだけでなく、その後も続けた取材の成果、そして自らの推測、見解もきちんと添えられている。こういう仕事を続けてこられたことに敬意を表する。と同時に一念を貫いて仕事をしてきたことに、ある羨ましさを感じる。
テレビ制作者だけあって、この著書はけっして無味乾燥ではない。現代史の煩瑣な史実をよく整理して読ませるばかりか、重大事実の発見を解き明かす点は、ほとんどミステリーを読むようである。
それは「北一輝の声」とされている録音盤をめぐっての考察である。青年将校の安藤大尉にキタと名乗ってかけてきた声は、これまで事件の首謀者として目された北一輝と考えられてきた。この録音もその証拠の一つで、だからこそ北は直接事件に参加しないにもかかわらず処刑されたのだ。
ところが、中田はこの声は北ではないと推理する。話をやりとりする口調が軽薄で、巷間伝わる北らしくないと思ったのだ。やがて、この声が録音されたとする2月29日には、北は憲兵隊に逮捕されていて、電話をかける立場がないということを、中田は浮かび上がらせるのであった。
私にとって2・26事件が身近に感じたのは大伴昌司との関連である。彼はこのさなかに誕生している。都心の病院を退院して中野の実家に母子ともに帰宅しようと思ったら、交通が遮断されていて困ったと、母の四至本アイさんが語ってくれたことがあったのだ。「あの日は大変な雪でした。それにあの事件でしょう。生まれたばかりの子を思って必死で非常線を越えてゆきました」
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