名人、鶴澤清治
昨日、太棹三味線の名人鶴澤清治さんをご自宅に訪ねて、あれこれ話をうかがった。番組化のための事前リサーチである。
麹町の自宅にくつろぐ鶴澤さんは63歳と思えない若々しいスタイルで、ちょっと面くらった。聞けば、趣味はドライブとスキーだという。愛車は真っ赤なマセラッティ。スキーも40過ぎから始めたのだが、毎冬ゲレンデに出ているそうだ。
鶴澤さんは来年5月に国立劇場で大きなリサイタルを開く。それに向けての練習、作曲がこれから始まるのだが、その日程と内容について聞いた。なにせ当方義太夫節はまったくの門外漢。ぶしつけな質問を怖いもの知らずでいくつもぶつけた。
三味線には、太棹(ふとざお)、中棹(ちゅうざお)、細棹(ほそざお)の三種がある。太棹が一番大型で音が低くて大きいため、腹から声を出す義太夫節に使用され、力強い音色を聞かせる。
義太夫節というのは、17世紀後半に竹本義太夫によって創始された三味線音楽で、主として人形芝居つまり人形浄瑠璃の音楽として洗練されてきた。
義太夫節は、太夫の語り(浄瑠璃)と三味線の演奏で構成され、その義太夫節三味線は、太棹を使用して、迫力ある重厚な音色を特色とし、単に語りの伴奏というだけでなく、絃の音色と抑揚、緩急で太夫の語りをリードし引き立てるという重要な役割をもつものだ。
太夫の語りが音楽性よりも物語の内容の表現に重点を置くように、三味線もまた曲の心をこめて太夫の語りを助けることが大切といわれる。
いかに美しい音色を出し、鮮やかな撥(ばち)さばきを聞かせても、浄瑠璃の気持ちとかけはなれた演奏では、義太夫の三味線として適切ではないのだ。三味線弾きは太夫とまったく一つの心になっていることが理想。夫婦(めおと)に似ているといわれる。
今度のリサイタルで鶴澤さんは「弥七の死」というのを弾く。弥七とは鶴澤さんの師匠でかつては名人といわれた十世竹沢弥七だ。鬼才竹本綱太夫とコンビを組んで一世を風靡した人だ。その綱太夫が死んだ後、後を追うようにしてこの世を去った。その出来事を山川静夫さんが文章に著したものに、鶴澤さんが作曲して演奏することになったのだ。このあたりの芸事の厳しさを知りたいと思って質問をぶつけるが、鶴澤さんはいたって温和で芸術家の気難しさなどこれっぽちもない。
ところが、最後に三味線の話になったとき、突然目が厳しくなった。「三味線は生きものです」と言い切った。猫の皮と絹糸から出来ている三味線はたえず変化するので、その環境に合わせてチューニングが必要となる。演奏しながら調音するなどとは、西洋楽器にはない苦しみだとぽろりと、鶴澤さんはこぼした。でもそこまでで、顔はまた穏やかな初老にもどっていた。
およそ1時間半にわたり取材してお暇した。さっそく本日から関連資料を読み込んで企画の案を練るつもりだ。
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