黒澤明VS ハリウッド
昨日12月8日は真珠湾攻撃で日米が開戦した日だ。奇襲で大きな戦果をあげて日本は大喜びするが、アメリカではだまし討ちされたと屈辱の日としている。このときの双方の司令官が山本五十六とキンメルである。キンメルは後に降格されその職を追われ、失意のうちに亡くなったという。そのため、遺族は汚名をはらすべくこの奇襲のことはルーズベルトは知っていたという大統領陰謀説をたびたび掲げることになり、日本でも戦闘の正当性を強調するうえで都合よしとする勢力がこの説に同調することが多い。
陰謀説によれば日本側の暗号は解読され情報は筒抜けになっていたようだ。この奇襲作戦も情報としてアメリカ側は掴んだのだが連絡、命令が錯綜して防御体制に入ることができず、不意打ちを食らうこととなり、現地司令官キンメルは不運な役回りとなったというのだ。
一方もう一人の司令官山本五十六もまた不運な役回りだという見方がある。彼はハーバードで学びワシントンで駐在武官を務めていたから、アメリカの底力ということをよく知っていた。だから英米を敵に回してはいけないと再三政府を説いていたにもかかわらず、天皇と国家に忠誠を誓う軍人として自ら日米戦の火蓋を切る役目を果たすことになったのだ。
このZ作戦を起案し実行した山本長官は、日本中が大勝利に沸き立つなかにあって、《その後日本がたどる暗い運命を予感するように沈鬱な表情を見せる。》というふうに、この真珠湾の勝利を悲劇としてとらえて描こうとした映画監督がいた。
黒澤明である。彼はハリウッドの20世紀フォックスと組んで1967年に「トラ、トラ、トラ!」という映画を製作しようとしていた。巨費を投じて1969年に完成することをめざして、脚本創りから撮入までプロジェクトはすすんだが、突然監督は更迭される。
やがて日本側は新しい監督が立って撮影がすすめられ、1970年に完成して公開されることになる。
この黒澤の降板する真相については、後に彼が自殺未遂を計ったことも合わせて長く謎とされてきた。ここに鋭くメスをいれたノンフィクションが今年出版された。田草川弘の『黒澤明VSハリウッド』(文藝春秋)。
昨夜この本があまりに面白いので読みふけった。そこには友愛に根ざした、もう一つの日米戦があった。この本の著者田草川氏は私の社の先輩である。今朝送られてきたOBニュースレターの中にこの著が今年の講談社ノンフィクション賞を受賞したと記されてある。やはりこの労作は注目されていたのだ。まだ最後まで読み終えていないので本日はこれに没頭しよう。
さて映画のタイトルのトラ、トラ、トラ、の意味だが、真珠湾攻撃の指揮官だった淵田美津雄中佐がハワイから発したモールス信号で、「我奇襲に成功せり」という暗号である。本来は“虎”であった。だから黒澤明の最初のタイトルは「虎、虎、虎!」である。
話はまったく違うが、この淵田中佐と私は小学校の頃に会ったことがある。伝道師として彼はキリスト教の布教のために故郷の教会に来たことがあるのだ。ソフト帽をかぶったおしゃれな叔父さんだったが、母が「あの人は真珠湾でえらかったんやて」と教えてくれた。そういう人がなぜキリスト教を布教するのだろうと不思議に思ったことを思い出す。
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