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エンコ(浅草)育ち

日曜にはだらだら古雑誌を読んで

雨の日曜日――。
♪雨がしとしと日曜日、ぼくはひとりで君の帰りを待っていた。と始まるタイガースの歌があったなあ。タイガースと書いただけでは今時の若い人は阪神タイガースとしか思わない。そのタイガースではなくて、歌ったのはジュリーがいたGSのタイガース。GSも分からないだろう。グループサウンズのこと。

昨日、演劇をやっている女子大生と話をしていて、紅テントや黒テントのことを知らないというので驚いた。唐十郎の顔ぐらいは知っているが、大鶴義丹のパパという程度だ。むろん新井純や清水紘治などは名前を聞いたことがないという。演劇サークルに属しているという者がそういうことを言うのだ。70年代の文化など今や “過去”というか“歴史”に入ろうとしていると実感した。

でも、その70年代からさらに40年前に起きたことは、私らが覚えておくなりメモしておかなくてはならないと、色川武大の「浅草」という短いエッセーを読んで責務を感じてしまった。
昭和初期の浅草演劇について色川は書き残している。
治安維持法から国家総動員法までの期間に、浅草にはずいぶん大勢のアナキストやマルキストたちが流れ込んできた。官憲の厳しい詮索を避けてのことだ。だから、ここでボードビルを演じた人気者にはずいぶんたくさんの「シュギシャ」がいたらしい。アチャラカのドタバタの喜劇王サトーロクローはマルキストで、腹だし芸をやっていた鈴木桂介はずっと共産党員であったと、色川は嬉しそうに報告している。当時の浅草は先鋭的な若者のたまり場だったのだ。

ところでサトーロクローと聞いて、当然サトーハチローを思い出す。ハチローが浅草にたまっていたのは有名だが、このロクローなんかと何か関係があったのだろうか。いずれにしろ、戦前浅草に身を沈めるということは、軍国主義に対する消極的抵抗であったのだろう。

こういう人種の老後に色川は興味をもっている。
《彼らのほとんどは、若い頃の役者時代に無軌道をしてきたために、家族から尊敬されていない。やっぱり孤立した難民である。そのくせ、難民以外のものになろうともしないし、おとなしく家族のお荷物になっているわけでもない。いいかわるいかはべつにして、一般市民の年老いた姿とははっきりちがう。でたらめで、不細工で、しぶとくて、明るい。》

「嫌なジジイ」になっていたのだ。家族に囲まれて可愛いおじいちゃん、なんてことは反吐が出るぜ。なんて憎まれ口をきくジイサンにだ。こういう人物群像を小説にしたいと色川は1980年に書いているが、実際に作品に彼は仕上げたのだろうか。一度調べておかなくてはなるまい。

まあ、浅草にはこういう不良老人が80年までまだ生きていたのだ。そういうところでビートたけしはきたえられたに違いない。デビューした頃のたけしは笑いのなかに凄みがあったのを覚えている。

1980年「新日本文学」400号記念特別増大号をぱらぱら読んでいて出会った記事から妄想が湧いて、こんなことを書いた。

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by yamato-y | 2006-11-19 20:48 | 登羊亭日乗 | Comments(0)
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