バブルの時代にこんな人がいた④最終回
熊田千佳慕画伯の絵というのは、筆の毛先3本で描くきわめて細密なもの。描かれた虫たちはまるで生きているようだ。昆虫の一つ一つ部位を埋めてゆくもので、その作業は傍目からも気の遠くなるようだ。
画伯はファーブルの『昆虫記』を200枚の絵にすることをライフワークにしている。80歳までの段階で48枚仕上がっていた。番組は49枚目の主題「こおろぎの愛のセレナーデ」を描いてゆく過程を追う。オスのこおろぎが巣穴を出て途中どんな外敵に会うかもしれないが、勇気をもってメスのところへゆく、その光景だ。この絵の主題と、熊田夫妻の生き方がとてもよく似ているように思えた。こういうことは最初から分かるものでなく、地道な取材の中で事実が開示されてゆくものらしい。ニッキーとU沢ディレクターはひと夏を横浜三ツ沢で過ごした。
物語の内容についてはこれ以上語らない。ぜひ、日曜日の「NHKアーカイブス」をごらんいただきたい。
最後に制作スタッフについて言及しておきたい。
ナレーションの牟田悌三さんが実に味のあるうまい語りを聞かせてくれた。朗読の抑揚、間の取り方、役者のナレーションの最高の水準を確保してくれた。この語りに応えようと、私たちも必死でナレーション原稿を作成した。さんざめく星座・・・といった、普段おさえめにしている体言止をあえて使った。
一箇所、私は亡き父が口癖にしていた聖書の言葉を使っている。「虫のように、明日を思い煩うことなく、無心に生きてゆこうと思うのです。」これは有名な野の百合の一節からの借用だ。ここを牟田さんがどう読みきってくれたか、ぜひ番組でたしかめてほしい。
この語りを支えたのが音響効果である。べテランのサイトーさんはうまかった。チェロの曲一種類で、番組の音響をデザインしてくれて、見る人の心にしみるように作ってくれた。後に、私は「向田邦子の秘めたもの」でもサイトーさんに助けてもらうことになる。
映像編集のマツバラ君とは深夜まで大声で怒鳴りあいながら議論した。お互い、この物語を大切に感じていたからこそ、中途半端な構成にはしたくなかったのだ。
最後にもう一度、番組の放送予定を記しておく。
11月12日(日)午後11時10分からの「NHKアーカイブス」にて。その中の45分間。
「私は虫である・昆虫画家の小さな世界」 総合テレビ。
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