風のそよぎ、息吹
明け方に一雨来た。出かけるころには陽がさしてきた。光がまぶしい。きらきらしている。
ツヴァイクの道を降りると草むらに雨露があちこちで光っていた。冬が近づくと、光は急速に粒になって可視化してくる。イタリアで葉祥明さんに教えてもらったとおりだ。
つづら折の2つめを曲がったあたりで風が吹いた。さーっと山肌のつたの葉裏をそよがせて渡ってくる。心地よい。まるで春のそよ風のような穏やかさだ。
リズムをつけて下っていても、風は吹き続けている。髪をうっすら逆立てるほどの風だ。これが門脇老師の言う「息吹」なのかなと思った。
門脇佳吉さんは上智大学の先生だが、本職はカトリックの神父だ。あの加賀乙彦氏に洗礼をほどこしたほどの人だ。さらに禅の老師でもある。ながく魂ということを考えてきた。
オウム真理教が魂のことを語ったとき、いち早くカトリックの立場から異議を申し立てている。1996年に魂について考える番組を、先生を中心に制作したことがある。
普段姿を現さない“魂”が立ち現れるのは、神からの息吹を受けるときだと、老師は語った。その息吹の意味が当時理解できず、今もしっかり分かっていない。
ウィリアム・ブレイクの絵で、神の使いがふーっと息を吹きかける光景がある。あのようなものかと想像した。穏やかなものであれば、ポッティチェリの「春」に女神が口から花を吹き出しているようなものかとも考えた。
門脇老師の語った“息吹”は比喩だったのか、形而上の真実なのか、いまもしっかり分からないが、なにかそういう「祝福」を受けたいものだと憧れた。そういえば、祝福するのBLESSと息をするのBREATH とはよく似た音だな。そしてBREATHには風のそよぎ; いぶき, という意味もあるのだ。
風はどこから来て、どこへ吹くのか――時々考えると世界がぐらっと揺れる。
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