草むしり療法
心理療法の一つに「箱庭療法」というのがある。スイスのドラ・カルフが行っていた砂場遊び療法を、ユング派の河合隼雄が取り入れて開発した手法である。
具体的にいえば、心に問題があるクライアントに、砂箱の中に石、人形、おもちゃなどのアイテムを自由に使わせて配置させることだ。畳半畳ほどのボックスに砂が入っていて、そこには人形やミニチュアの家などおもちゃがいっぱいある。それを使って自分の好きなものをクライアントは作っていく遊びを治療に使うのだ。
その遊びの結果をもってその人の心理状態を分析したりすることもあるが、画期的なことはその砂場遊びのような行為そのもの、つまり作って遊んでいるうちに、その人の心が治ってゆくことだ。
1995年夏に、私は脳内出血を発症したとき予後が大変だった。脳血管の治療も然りながら、心の不調がもっとも私を苛んだ。47歳で半身不随となった身の上に絶望したのだ。サラリーマンとしても、表現者としても、自分の人生は終わったのだと落胆せざるをえなかった。
7月、8月、9月と、夏の盛りを大磯の自宅で療養する羽目になった。読書をしても身が入らなかった。テレビを見ると、自分の居場所がないと知らされて苦痛となった。一日が長く思えた。散歩をしても、5分坂道を上がると眩暈がした。夏の太陽がうらめしかった。
その2年前に建てた我が家は、庭が何の整備もされないまま、草が生えつる草が伸びたままとなっていた。
日が翳った夕方から、庭に出て草むしりを始めた。一日ではハカがいかなかった。次の日も、その次の日も、私はひたすら草をむしった。
生い茂って雑然とした庭を、なんとかきれいにしたいと思ってむしった。地面にこびりついたイラクサを引き剥がし、群生するドクダミをむしり尽くす、ただそれだけを思って庭にしゃがみこんでいた。
ふっと気がつくと、頭の中が真っ白だった。何も考えていなかった。噴出す汗が心地よかった。
庭の草をむしりつくしたのは、9月のひぐらしが合唱する頃であった。心に鬱屈していたものがいつのまにか消えていた。これを、私は「草むしり療法」と呼んでいる。
そうだ、大事なことを言い忘れていた。荒れていた庭がきれいになるにつれ心が落ち着いていったことだ。庭と心がパラレルに動いている気がした。
それに気づくことが最近あったのだ。
この春から夏にかけて、私はまったく庭に関心をもたなかったので、茫々の状態となっていた。無理やりに理屈をつけると、その頃心はやや欝だった。先週の休みに久しぶりに庭を整備した。まだ完全とはいえないが、落ち葉が始まる前に一応庭を整美しようと思い立ったのだ。すると、心が少し楽になった。気がしている。
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