森の道
我が家のある大磯モミジ山から麓までの道を、近隣の人はけものみちと言うが、私は勝手にツヴァイクの道と呼んでいる。お気に入りのオーストリア人作家シュテファン・ツヴァイクに因んだのである。
ツヴァイクは戦前活躍した作家。日本では片山敏彦の名訳で知られる。私は、「権力と闘う良心」や「人類の星の時間」「昨日の世界」が好きで、若い頃から折にふれて読んできた。
ツヴァイクはユダヤ系オーストリア人で、ザルツブルグに住んでヘルマン・ヘッセやロマン・ロランらと交友を結び、国際平和のために積極的に発言した人物でもある。
近年音楽祭で知られるザルツブルグは、モーツァルト生誕の地であり、「サウンドオブミュージック」の舞台となった音楽の都である。彼は、そこの郊外カプチーナ山に住んでいた。(これまで、間違えて私はカプチーノ山と書いていた)
ザルツブルグは交通の要衝であり、三方山に囲まれている。市内をザルツァハ河が貫流する。そのほとりにモーツァルトの住居があり、カプチーナ山の登り口がある。道なりにのぼってゆくと、ホーエンザルツブルグ城を中心とする市街が一望できる広場に出る。そのあたりに、緑の木立に囲まれたツヴァイク邸があるのだ。
彼は優れた伝記作家だった。ナポレオン、ドストエスキー、レーニンら歴史的人物の重要な事件を切り取り、まるで中継しているかのような迫真性で描いた。その彼が後にナチスに追われるのだ。1935年ロンドンへ脱出、1940年にはブラジルへ亡命するのだ。繊細な彼の神経は次第に追い詰められてゆく。
42年、彼は自殺した。
彼はザルツブルグに住んで、次々に話題作を発表していた頃、執筆に疲れるとカプチーナ山を散歩するのが常だった。晩年、異国で書いた「昨日の世界」でこの山のことを懐かしがっている。
1994年に私は大磯紅葉山の峰に家を建てた。駅までの道は、車が通る広道とは別に森を抜ける道があった。その家に住んでまもなく私は脳内出血を発症し後遺症が残った。リハビリを兼ねて森の道を歩き続けた。歩きながらツヴァイクの散歩を思った。この道をツヴァイクの道にしようと密かに決めた。
今日の大磯ツヴァイクの道である。秋が深まっている。ケヤキも半分ほど葉が散った。
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