これより秋
旧街道を歩いていると、よく「江戸まで×里」と刻まれた塚を見ることがある。国境にも塚はある。「これより相模の国」という類だ。
今朝の光は秋だ。澄明な光がそこかしこに溢れている。
「東京物語」で、妻の死を終えた笠智衆が尾道浄土寺の境内に、朝立っている。声をかける原節子に答えて、「いい朝焼けじゃった」とつぶやく笠。
この場面にあった光のような、今朝だ。死が寄り添っている。
芭蕉の句がある。
やがて死ぬけしきはみえずせみの声
せみ時雨は昨日と変わらず。だが、きっぱりと秋が来た。
瀧口修造という人がいる。1970年に死んだから私は同時代を少しだけ共有している、ことになる。亡くなった後に私はシュルレアリズムを知り、生前会っておきたかった(見たかった)と悔やんだ。
その“弟子”である大岡信とは出会い、一緒に仕事をしたことがある。「折々の歌」の作者で、詩壇の長老のような顔をしたこの人が、かつて難解なイメージをつむぐ少壮の詩人であったことはとっくに忘れられている。その大岡に瀧口を悼んだ詩が2篇。とても気になる詩だ。
かつて砂に自分が書いた
言葉の意味をわかろうとして
やあ
五十年が経ってしまった。
とうの昔に砂上で消えた文字の意味が、やっとわかったときにはもう五十年が過ぎ去ったというのだ…・・。
タキグチさん。
旅立ちのあとに残った
あなたの骨は、
つつましいひとかたまりの
星砂の枝骨。
でしたよ。
(ごらんにはなれなかったけれど)
そういえば、20年以上前になるかなあ。与論島の星砂というのが流行った。さんごがくずれて星の形になった砂だった。タキグチという人は好奇心が旺盛だったから、おそらく星砂になった自分の骨ですら見たがったのではないかと、大岡は書いたのだ。
朝から瀧口修造を読み、大岡信の詩人論を読むと、もう一仕事を終えた気分になった。会社へ行くのが億劫だ。
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夢の漂流物:瀧口修造作