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鮎川信夫、その詩

死者の声 

敗戦後、日本の「大人」たちは虚脱してしまい占領軍の前にひれ伏してしまった。その閉塞を若者らは打破してゆく。詩壇においても例外ではない。詩誌「荒地」が復刊され、そこから新しい人間が叫びをあげ戦後詩壇をリードしてゆく。その中心に鮎川信夫がいる。
  
「荒地」の詩人、鮎川信夫は戦争が始まる前、昭和13,4年ごろ、早稲田の仲間らと詩の同人を作っていて、よく新宿の街を語らいながら歩いた。その中に森川義信がいた。昭和14年3月頃、早稲田構内で二人並んで撮影された写真がある。いかにも親友同士というスナップだ。
そして、その年の暮、森川は早稲田第二高等学校を退学して故郷の家に帰っていく。そして召集された。

昭和17年8月13日、森川はビルマのミートキーナで戦病死する。まだ25歳だった。その森川義信の遺言の中に鮎川への感謝の言葉があった。「一貫して変わらぬ交誼を感謝します。この気持は死後となっても変らないだらうと思います」と書かれていたのだ。それを読んで鮎川は言葉を詰まらせた。
「それにしても、こんなに丁寧に挨拶して死んでしまうなんて」

その鮎川自身も森川の戦病死を知ってまもなく1942年に近衛歩兵連隊に入営し、翌年スマトラに送られたが、1944年発病のため内地に送還され生き残ることになった。
戦後、鮎川は一つの詩を森川に捧げた。

死んだ男

たとえば霧や
あらゆる階段の足音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
ーこれがすべての始まりである。
遠い昨日・・・・
ぼくらは暗い酒場のいすのうえで、
ゆがんだ顔をもてあましたり
手紙の封筒を裏返すようなことがあった。
「実際は、影も、形もない?」
ー死にそこなってみれば、たしかにそのとおりであった。

Mよ、昨日のひややかな青空が
剃刀の刃にいつまでも残っているね。
だがぼくは、何時何処で
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。
短かった黄金時代ー
活字の置き換えや神様ごっこー
「それがぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて・・・

いつも季節は秋だった、昨日も今日も、
「淋しさの中に落葉がふる」
その声は人影へ、そして街へ、
黒い鉛の道を歩みつづけてきたのだった。


埋葬の日は、言葉もなく
立ち会う者もなかった
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。
空にむかって眼をあげ
きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。
「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」

Mよ、地下に眠るMよ、
きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。

 鮎川の「死んだ男」は死者たち一般を指すのではない。「M」と呼びかけられるその人物は森川義信に他ならない。Mは死に鮎川は生き延びた。
「幸か不幸か私は生き残り、戦後の詩運動に携わるようになった。大戦から得た唯一の積極的な教訓は、森川の死から受けたと言ってよい。自己という病いから癒えるために、死んだ友のことを考えることは、私には一つの救いになったとおもう。いつも詩を一種の遺書と見做すような気持ちが私にはあるが、それもおそらく彼のせいだろう。」

文芸評論家の井口時男は次のようなことを語っている。「文学が語るのはあくまで固有の死者である。死者自身はなにも語らない。語りえない。だからこそ我々は安易に死者の名を借りて語ってはならない。死者の「遺言」を知っているかのようにふるまってはならない。死者は戦後社会に生き延びた者に,私の「遺言」を執行せよ,と迫る。しかし,生き延びた者はその「遺言」を知りえない。このとき,死者の記憶を喚起しようとして文字を書き始めた者たちは,吃音するようにして言葉を書き記すしかない。なめらかに語ることなどできないのだ。」

 少なくとも鮎川は自らが「死者たち」の「遺言執行人」であるかのごとく語ってはなるまいと考えたであろう。この哀切に満ちた詩人が実はとんでもない怪人だったというのは、今朝までまったく知らなかった。鮎川のニックネームは「幽霊船長」。私はこの人物を大伴昌司と同じくらいの怪人だと思う。むりくりで渾名を付けるとすれば、怪人5面相。このことは次に書くことにする。

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by yamato-y | 2006-07-28 00:59 | Comments(3)
Commented by monsieur-meuniere at 2006-07-28 01:24
シンクロニシティです。今、自分のblogを更新しながら、偶然、鮎川さんの詩を読んでおりました…。詩の森文庫の「戦後代表詩選」です。このblogを開いた瞬間、鮎川さんの記事だったので、ちょっとびっくりしました。戦争体験と詩の関係について僕みたいな人間がしゃべると、安易で薄っぺらくなってしまうのですが、でも誤解を恐れずに言えば、鮎川さんの詩などを読むと、自分では一生到底到達できないような、激しい感情が言葉に凝縮されていると感じがして、何もいえなくなります。こういった激しい感情が篭った詩を読んでいると、井口氏の言葉でいう「吃音するようにして言葉を書き記す」だけの感情が僕(ら若い人)にあるのか、と思って、非常に反省させられます。重いです。
Commented by かわうそ亭 at 2006-10-25 08:19 x
はじめまして。『現代詩との出合い―わが名詩選』(思潮社)のなかの鮎川の文章によれば、もうひとりの「M」がいたようです。おなじくビルマで戦死した茂木徳重。
Commented by cecilia at 2008-11-20 15:19 x
はじめまして。日本語を勉強している韓国の大学生です。
学校の授業で「鮎川信夫」さんの『父の死』という詩を私が発表することしなりました。
鮎川さんの一生について紹介しながら『父の死』の元文を韓国語で翻訳して、韓国のみなさんといしょに勉強してみたいと思っています。
でも、どこでも『父の死』を探すことができませんね…。
どうすればいいでしょうか。
いい考えがあったら私のホームページに来て... 教えてくださいませんか?
(メール:ceilia222@hanmail.net)
よろしくお願いします!
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