雨激し
朝から雷が鳴っている。屋根にたたきつけるような強い雨で目が覚めた。
ふるさとの実家の仏間に寝ていたことを思い出した。
隣の部屋で眠っていたはずの母は起きだして、朝餉の仕度を始めたらしい。厨のほうから物音がする。
寝る前に読んでいた枕元の本『山本太郎を探して』を手に取る。詩人山本太郎、先年他界した荒地派詩人だ。この人の退職にまつわるエッセイを読む。山本は長く新聞社の校閲部に勤めていたが、定年の1年前に退職したと書いている。
荒地では新聞社政治部次長だった中桐雅夫もNHK記者だった黒田三郎も、定年を待たずに50前後で退職していて、自分もその列に入ったと山本は楽しそうに自慢している。
若い頃、職を転々とした山本が30歳のとき新聞社に入社して、以来25年そこにいた。校閲という仕事は、深田久弥によればこれほどつまらない仕事はないとのこと。それに理解を示しつつ、同時にこれほど「男らしい」仕事はないと山本は書く。皮肉で書いているかと思うがそうでもないらしい。他のエッセイと合わせて読むと分かる。でなければ、彼のような人が一つの会社に25年もいるはずがない。
早めに職を退いた理由は、人生の「持ち時間」が少なくなったということだ。後わずかとなった持ち時間を有効に使いたいと考えて山本は退職した。ずいぶん私と違うものだと驚いた。
とても私はそんな気になれずこの1年間苦しんだのだが、早く辞めてやりたいことをやるという人生の見本がここにはあるのだろうか。だが私には山本の詩のようなものが見当たらない。私はやはり映像で表現したい。それは仕事の延長上にしかないと自分を言い聞かせるようにして、本を閉じた。そろそろ出発の準備をしなくてはならない。
朝ごはんを食べる。にしんなすびと縮緬じゃこ、味噌汁といたってシンプルなレシピだ。これでけっこう。田舎味噌のじゃがいもの煮付けは上等博覧会だ。
8時15分、迎えのタクシーが来た。また来るわと言い置いて私は実家を出た。雨がひどい。
周囲の山には厚い雨雲が垂れ込めている。大きな煙突が白い煙が上がる。風がないのでまっすぐのぼり雲の中に消える。
雨にけぶるこの駅のホームはさみしい。2両だけの小浜線の電車が出てゆく。ゆっくりゆっくり雨のなかで小さくなってゆく。高校時代に、人と別れるときに見た光景を思い起こさせた。あれは手取川上流の山間の駅だった。
米原行きの特急しらさぎに乗車。電車が敦賀の町境にさしかかったとき、母の住むほうを見ると土砂降りの雨の中だった。

深坂のトンネルを抜け、近江塩津を越えると、余呉だ。余呉湖が朝霧の中にあった。水上勉『湖の琴』の舞台にふさわしい幽遠な風景であった。雨は近江に入ると已んでいた。
来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング