ばらばら時計
時計の重さが最近気になる。外して歩くことが多い。
昨年、定年ショックで体に変調を来たしたとき、症状として現われたのが腕の痛みだった。
主に右ひじのそばが断続的に鋭い痛みが襲った。これが4,5日続いたときはいささか参った。夜寝ていても痛いのだ。
私は痛みに弱い。否、自慢ではないが病気や怪我に弱い。ちょっとした痛みにすぐ音を上げるのだ。家人からは弱虫泣き虫と馬鹿にされている。
腕が破綻したとき、そこを触ると冷え冷えとしていた。湯のみに熱い湯を入れてひじに当てると何か傷みが和らぐ気がした。以来、腕の張りや冷えには敏感になった。時計をする腕は左だが、その腕も気にするようになり、パソコンを打つのも時計を外して負担をかけないように留意するようになった。
さて、その時計だが、現在使っているのは3年前に買ったエンポリオ・アルマーニのチタン製の重い時計だ。文字盤が大きく見やすいので買ったのだが、とにかく重い。年々その重さが身にこたえるようになった。
テレビという商売柄、時刻、時間ということだけはたえず気にするよう育てられた。今でも時々見る悪夢は、自分の番組が放送される時刻になっても放送されず白い画面がシャーっと流れているというものだ。間違えて番組の登録を別の日にちにしてしまったというミスだ。もう一つは番組の長さは50分と聴いていてその番組を納品すると、内容時間は正味49分で残り1分は別のお知らせが入るのですよと係の人に叱られるというもの。それらの夢をみては驚いて目覚めるということを今でも繰り返している。
35年間の現役時代に時計はおそらく20個ほど買い換えただろう。高価なものは持たない。せいぜい3万から5万といった値段だ。15年ほど前はスォッチを愛用した。1万程度で正確で軽く姿もよかった。子供が中学生だったから海外取材に行く度お土産で買ってかえったものだ。取材を終えて、日本へ飛び立つ最後の空港の免税店で購入できるので重宝した。
2年前だ。「冬のソナタ」でユン監督と仕事をしたとき、助手のチョさんと仲良くなった。あるとき、彼がフランク・ミュラーを腕に巻いていた。「おっ、凄い時計しているね」と私が褒めると、チョさんはこれが欲しいかと聞いた。そりゃ欲しいけどフランク・ミュラーは安くても110万はする。答えることもできずにやにや笑っていると、チョさんは時計を外してあなたに上げるというではないか。
面食らった。いくら仲良くなったと言ってもこんな高価なものをもらうわけにはいかない。固辞した。
チョさんが「いいから、いいから」と言って私の腕をとってはめた。そばにいた通訳のホンさんも「チョさんがあんなに言うのだから受け取りなさい」と忠告する。あまり遠慮すると韓国の人は気を悪くするよと、脅かすではないか。
でもなあ、110万もするものをタダでもらうわけなどありえないじゃないか。窮した私をチョさんもホンさんも笑っている。
ホンさんが言った。「その時計はどこ製だと思っていますか」「スイス製だろ」と答える私。
首を振るホンさん。うん?すると、これが噂に聞くスーパーイミテーションか。
とにかく一晩預けておくとチョさんは私に言い置いてホテルまで車で送ってくれた。部屋に入ってすぐシャワーを浴びた。出てきてテーブルの上の「フランク・ミュラー」を見た。手にとって、腕にはめてみた。ノックがした。ドアまで行くとボーイが立っていた。チョさんから果物が届いていた。籠を受け取ろうと腕に力を入れたときだ。
「フランク・ミュラー」はバラバラと崩れて床に砕け散った。私は唖然とした。
次の日、私とチョさんとホンさんは、壊れた時計を前にして大笑いした。
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