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もう一人の早春の詩人

立原道造、その恋人の運命
もう一人の早春の詩人_c0048132_122051.jpg



立原道造は昭和14年の早春に24歳で死んだ。肋膜炎をこじらせて喀血して死にいたった。
矢沢宰が遅れながら高校を自力入学までして21歳で死んだに比べて、立原は東京帝大の建築科を卒業して、たった1年であれ就職している。二人の生きた年限はたった3年しか変わらないが、立原の歩いた道は矢沢に比べてずっと華やかではある。

一高から帝大、建築事務所へと立原が進む中で相識った人物は、前田夕暮、竹山道夫、杉浦明平、三好達治、室生犀星、堀辰雄、丸山薫、津村信夫、寺田透、神保光太郎、伊東静雄、中村真一郎、加藤周一、深田久弥、大山定一、錚々と並ぶ。

矢沢は恋心を抱いたことがあっても恋人という存在があったとは思えないが、立原は少なくとも四人に恋をし、最期を看護してくれた女性とは婚約(正式ではなく二人だけの)を交わしていた。22歳で発熱するまでは健康であちこちを動き回ることができたことが大きいのであろう。だがその22歳からの2年は、まるで死を前提とするような疾駆する生き方となった。

最期の恋人水戸部アサイとはわずか1年余りの交流でしかない。その23歳のときに書かれた詩が「爽やかな五月に」だ。

月の光のこぼれるやうに おまへの頬に
溢れた 涙の大きな粒が すぢを曳いたとて
私は どうして それをささへよう!
おまへは 私を だまらせた…

《星よ おまへはかがやかしい
《花よ おまへは美しかった
《小鳥よ おまへは優しかった
…私は語った おまへの耳に 幾たびも

だが たった一度も 言ひはしなかった
《私は おまへを 愛してゐると
《おまへは 私を 愛してゐるか と

はじめての薔薇が ひらくやうに
泣きやめた おまへの頬に 笑ひがうかんだとて
私の心をどこにおかう?

爽やかな五月にと題しながら、冷え冷えとした悲しみが漂っている。恋することを禁じようとばかりの物言いだ。
恋人のアサイは同じ建築事務所に勤める栃木県出身の19歳の少女だった。立原が亡くなる直前は昼夜を分かたず献身的な看護をした。その彼女の元に立原から来た手紙15通が残されていた。

立原が死んだとき、先に挙げた錚々たる友人知人が彼の死を悼み盛大な追悼会が開かれた。19歳の少女は皆の前からひっそりと姿を消した。手紙のことも、皆の記憶から消えていた。

評論家の小川和佑はその“少女”水戸部アサイを30年後に探し出し、その手紙を預かった。そうして書かれたのが『立原道造・忘れがたみ』(文京書房、1975年)である。
小川はアサイが長崎県に住んでいると書いて、消息の詳細を避けている。栃木出身の彼女が故郷から遠く遥かな長崎の地に住んでいる…。

 長崎は立原が倒れる直前に旅した場所。明るい南国の光射すあこがれの地であった。実際に立原が目にした長崎はそれとは程遠く、冬ざれたわびしい長崎であった。その落胆から喀血して倒れる。それは死に至るのだが、長崎に抱いた立原のあこがれはアサイにも伝わっていたであろう。その思いをアサイが引き継いでも不思議でない。まさに「のちのおもひに」だ。
――30年経ても、水戸部アサイは立原からもらった手紙15通を一つも汚さず所持していたと小川は書いている。皆の前から姿を消した彼女は、ずっと独身であったのではないかと推測される。わずか1年足らずの愛を刻んだまま水戸部アサイは生きてきたのではないか。

とすれば、私の中に閃くものがある。彼女は信仰に生きたのではないか。長崎のいずれかの修道会に入って、立原の短い生涯をずっと慰めてきたのではないだろう、か。
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by yamato-y | 2006-05-05 11:59 | 登羊亭日乗 | Comments(0)
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