暮春
病む母と吾と弟が寝る春の家
(*吾はあと読む)
4日間、敦賀の実家にいた。
弟と姪、そして私が母と共にいた。少し元気を母は取り戻したようだ。
先週はまったく食欲がなかったが、食が少しずつすすんできた。
メニエル氏病には塩分が最大の敵だというので、控えろと口すっぱく言ってもやはり漬物(特にこの時期はキャラ蕗の佃煮)にすぐ箸が出る。うどんを食べる。そして昨夜は久しぶりに風呂へ入った。そういうこともあって熟睡できたと今朝言っていた。
今回、弟がこまめに働くのには驚いた。娘と力を合わせて魚を焼いたりサラダを作ったり、糠みそをかき回したり。私は車の運転もできず料理もできず、ただ読書ばかりしていた。
それを見ていた母が「同じように育てたつもりでもずいぶん差ができたものだね」と呆れていた。そんなことをしていたら、老後は家族から捨てられるから自分で何でも出来るようにならなくてはと、説教までされた。
昔から泣き虫の弟は50を過ぎてますます涙腺が緩んでいる。母が今回取り乱したことを語ると、目がすぐ潤みはじめる。彼は技術屋だから口下手で鈍くさいのだが、職場では有能な部長だと言われているそうだ。彼の専門は釣具だ。出張でマレーシアやシンガポールへよく行く。国内にいるよりずっと気が楽だという。定年になったら敦賀へ帰って釣り三昧のくらしを送りたいというが家族は乗り気ではない。
母は少し元気が出たので父の墓参りをしたいと言った。弟の車で教会の墓地に行く。他の会員といっしょに眠る墓地、弟はどうもこれが気に入らないらしく墓地まで来ない。母はここに父は楽しく眠っていると信じている。
昨日は気温が28度まで上がって暑かった。夕方、自転車でくろこ川までぶらぶら行った。気の早い蛙が鳴いていた。夕暮れの薄闇で、それを聞いていると幼い日のことが思い出された。
*ここまで書いて、年少の友人のブログを見たら、妹さんが再入院したとあった。病弱な妹さんだったが成人して元気だったと書いてある。彼の心配がわかる。今回、母の急病は我われ3人兄弟を走らせた。自分の健康より身内の病のほうがはるかに心を重くする。それを実感した。
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