四月は残酷な月か懐かしい月か
TS・エリオットの有名な詩の中に、「荒地」がある。
最初の連は思いがけない詩句ゆえ、読むものの心を火傷させる。
四月はもっとも残酷な月、
死地からライラックをそだて、
記憶と欲望をまぜあわせ
だるい根っこを春雨で刺戟する
この詩の衝撃は、日本の詩人たちをとらえ、「荒地」は有名な同人の名前となる。
たしか黒田三郎も吉野弘もそこに属したことがあったと、記憶するが。
イギリスの詩人に比べ、江戸の俳人の春愁は穏やかだ。加舎白雄(寛政の人)は、
人恋し灯ともし頃を桜ちる
そして、江戸中期の俳人与謝蕪村の感覚は現代の私にとっても違和がない。どころか、繊細な感覚をすくいとってくれる。そういう切れ味のいい蕪村とは別に、落語の「薮入り」さながらの人情を歌いあげた「春風馬堤曲」は、何度読んでも感動する。馬堤とは大阪淀川の毛馬の堤をさしている。
故郷春深し行き行きて又行行く
楊柳長堤道漸くくれたり
船場の店を出て毛馬の実家まで、里帰りする娘。春はとっぷり深い。土手の柳も長く続いていて、日もしだいに暮れてきた。家路を急がなくては。
矯首はじめて見る故園の家黄昏
戸に倚る白髪の人弟を抱き
我を待つ春また春
この部分を三好達治はこう訳している。
《娘はきれいなうなじをあげ、見ると、やっと故郷の家が見える。あたりは夕闇が訪れている。その中に家のあかりが赤くなつかしくともっている。近寄ると、早くも自分をみつけて母が外へ出て待っているのが、夕闇の中にぼんやり見える。やっとお母さんの顔がはっきり見えてきた。白髪もめっきりふえている。弟もいっしょに出迎えしてくれている。
ああ、お母さんは、こうして、春ごとにわたしの帰ってくるのを待っていてくれるのだ。》
大阪出身で、母思いだった三好達治の心がこもった解説だ。
俗っぽいかもしれないが、この曲を読むごと、私はトム・ジョーンズの「思い出のグリーングラス」を思い出す。
♪汽車から降りたら 小さな駅で 向かえてくれるママとパパ
手を振りながら呼ぶのは彼の姿なの 思い出のグリーングリーン グラス オブ ホーム
山上路夫の名詞だ。原曲は死刑囚が前の晩にふるさとを思い出したよという内容だが、山上が織り上げたのは、与謝蕪村の世界だった。
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