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新しい仕事を起こすこと

内田元編集長の奮闘記

昨夜、社内勉強会が開かれた。外部講師は話題のUSEN傘下のGYAO(パソコンテレビ)の取締役だ。新しい時代のメディア戦略の話だが、私の知らない用語が頻出しなかなか理解できない。

テレビの世界で言う番組がコンテンツと呼ばれることぐらいは知っていたが、私らのことをコンテンツホルダーと呼ばれると知って驚いた。番組の内容やメッセージのことは二の次で、面白い番組(キラーコンテンツ)を保持している人というのが、パソコンテレビを主宰する人から見た私たち番組制作者の位置なのだ。
 このパソコンテレビは無料ということもあって利用者が伸びている。それにつれて広告の出稿量も増加傾向にあるそうだ。テレビと違って視聴者の属性をしぼって宣伝がうてるというのがパソコンテレビの強みだと担当者は得意げに語る。

新しい仕事を創り出すときというのは一種の快感があるようだ。「少年マガジン」元編集長内田勝は、創業したりブームを作ったりしたということで忘れられない誇らしい出来事がある。「蔵前(おもちゃの問屋街)に足を踏み入れた編集者は私が最初だ。」今や異業種の連携などあたりまえだが、当時まったく交流のない分野に脚を踏み入れて、新しい仕事を作ったという実績を内田はもっていた。
そのエピソードは今を遡ること46年も前のことだ。・・・

創刊された昭和34年から内田は「少年マガジン」編集部にいる。当時の編集長は内田と同じ東京教育大卒の牧野だった。同窓ということで内田も可愛がってもらった。牧野はなかなかアイディアマンだった。彼はマンガページにコラムを作った。

マンガの見開きページの場合、読者の目はどう動くか。まず、左ページ上段①、次に右の上段②、そして左下段③とあって、最後が右の下段④となる。つまり右ページ下段がもっとも集中力のないスペースになる。牧野はここへ「少年少女新百科事典」というコラムを置いた。毎号50のコラムだ。漫画家は不満だったが、読者には好評だった。
新しい仕事を起こすこと_c0048132_16384654.jpg

おりしもテレビでは「ローハイド」「ララミー牧場」など西部劇ブームだった。担当になった内田はこのコラムに淀川長治を起用して西部劇の記事を50書いてもらった。これはうけた。すぐに、拳銃の豆知識を企画。これも少年たちの心をつかみ評判をとった。

内田はこのコラムにおもちゃの拳銃を懸賞につけたいと考えた。当時、出版、食品、玩具のそれぞれの業界はそれぞれ独立していて交流がなく、どこへ行けば少年の喜びそうなものが手に入るかは誰もしらない。内田はそれを探しに町へ出た。町のおもちゃ屋に並んでいるのはブリキの安っぽい品物ばかり。何軒も訪ね歩いたが、心に迫る拳銃は見当たらない。銀座松屋の玩具売り場に行った。そこには、それまで見たこともない金属製の重厚な、コルトピースメーカーやスミス&ウェッソンなどが並んでいた。小躍りして、内田は売り場主任にこの品物の製造元を紹介してもらったのである。

内田はおもちゃの問屋が並ぶ蔵前に足を踏み入れることになる。これが日本のキャラクタービジネスの先鞭となるのである。例の拳銃を扱っているのは倉持商店といって、従来アメリカへ輸出する玩具を作っていた。日本とは比較にならない裕福なアメリカの需要は、本物に近いデラックスなモデルガンだった。倉持商店はそういう品物を製造して外貨をかせいでいた。でも昭和35年ごろになると、戦後の貧困から日本はすこしずつ抜け出していた。高価な品物も売れるようになってきた。さらに西部劇ブームである。倉持商店は輸出専用品をためしにデパートに置いてみようということで、銀座の松屋に出品したところであった。そこへ内田が現れたのである。

 内田はすぐ、拳銃コラムと連動したモデルガンの通信販売を、倉持商店に提案した。そして少年マガジンの誌上に掲載されると、少年たちからの申し込みが殺到した。通販のはしりを内田は考案したのだ。

 代金の支払いは当時切手を使用した。編集部には膨大な切手が滞貨となった。それを見ていた内田はまたアイディアがひらめく。この切手をコレクションの対象にできないだろうかと考えたのだ。これが空前の切手ブームを引き起こす契機となる。

 小学校高学年だった私もよく覚えている。少年マガジンで、切手情報が次々に掲載される。「文化人切手」「国立公園切手」は値段が高く外国切手は安い、などという豆知識をずいぶんマガジンで仕入れたものだ。少年たちのあこがれは「見返り美人」と「月と雁」で、たしか350円だったはず。小遣いが足らず、母の財布に手をつっこもうとするのを見つかり、母に泣かれたことを思いだす。

あの罪作りの切手ブームの仕掛け人は、内田勝編集長だったのだ。この話を私は内田から聞いたときちょっぴり複雑な思いがした。

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by yamato-y | 2006-04-13 16:14 | 大伴昌司の遺産 | Comments(0)
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