ときわ荘の青春
大伴昌司の映画を作りたい。そのときにモデルとして参照しようと考える映画は、「3丁目の夕日」と「ときわ荘の青春」だ。
「夕日」はまだパッケージになっていないので詳細は知らないが、CGの多用が気になってやや私のイメージから遠い気がしている。そこで、名作の誉れ高い「ときわ荘の青春」を参考にしようと本日見た。
市川準監督はかなり偏向した趣味の持ち主なので、当方と一致すればいいがと危惧しながら見た。案の定、時代の再現、空気の表出に相当凝っている。音量がアンダーなのも、妙に芝居っぽくしたくないということか。セリフがぼそぼそと聞き取りにくく、役柄もぼんやりとしか表れない。これまでに知っているマンガ戦国史の全知識を動員して視聴することになった。おおよその物語の背景を知っていて、ドラマ性を観客当方でつむぐという、厄介な「異化効果」の映画である。
あらわれる光景、風景は懐かしさがあって(使用されている写真は、あの木村伊兵衛と田沼武能)そこには惹かれるが、人物像が主人公の寺田ヒロオ以外もやもやとした群像だ。何より、彼の愛好する野球がしっかり描かれていない。相撲の場面も弱い。市川監督は子供の頃あまり遊んでいないのではないか。勉強だけできる「優等生」だったのではないか。
流れる音楽が懐メロだ。「夢淡き東京」「胸の振り子」「君待てども」「港が見える丘」、すべて私の好きな曲ばかりだ、が、果たしてときわ荘の時代と合っているのだろうか。やや古いというかんじがしたが。時代背景をあらわす手立てとしての音楽の扱いだったが、もっと積極的に位置付けできないだろうか。例えば、寺田の胸に流れるメロディ、忘れられない思い出の歌とか。
-―と不満を持ちつつそれでも最後まで見てしまった。
寺田のマンガに対する愛情、そして商業主義に流されまいとする苦悩がいまひとつ見えてこない。ただ寺田を演じる本木雅弘は魅力的だ。寡黙で穏やかで、悲しい。
この物語の現場を発掘したNHK特集『わが青春のトキワ荘~現代マンガ家立志伝~』をリアルタイム(1981年)で見たことがあって、そのドキュメンタリーと比較しながら見た部分もあった。その点でいえばアパートの佇まいを映画はよく捉えていた。場もいい、役者もいい、時代もいい。だったらもっと会話をしっかり立たせればいい映画になったのに。
いざ自分が映画を作るとなると、いままで批評してきたことも自分に跳ね返ってくるから大変だと、思うだろうか。私は全然そう思わない。見るのと造るのは大違いということは先刻承知だから。
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