まつろわぬチョーソカベの人
昨夜、久しぶりに石川喬司さんと話した。SF作家でありそのジャンルの論客として活躍されてきた人物だ。以前、大伴の番組を制作したことを通して知り合った。
石川さんは愛媛県新居浜の出身。松山東高を出て東大仏文科へ進んだ。大江さんは4年下で同じ経歴だ。若い頃から文壇でも近い関係に二人はある。
昨夜のパーティで石川さんのスピーチはすぐれて文学論であった。
昨日、東欧のSFの巨匠スタニスラム・レムが死去した。「惑星ソラリス」の作者だ。彼が世界で注目される契機となったのが、1970年に日本で開かれた国際SF作家会議だ。その事務局長が大伴昌司だった。大伴の会の当日に訃報が入るという偶然性を石川さんはまず指摘した。
そのレムの文学について、大江さんの最新作「さよなら、私の本よ」で詳細に論じている。ここで、大伴―レム―大江という線が一本につながると、石川さんは見るのだ。
たしかに大江さんの作品に「治療塔」というSFがある。SFとしては不評だったが、そこで紡がれた治療塔というイメージはまことに美しいものがあったと、私は感じる。1987年、「世界はヒロシマを覚えているか」で、私は大江さんとモスクワに住むストルガツキーを訪ねた。ソ連SF界の大物作家である。タルコフスキーの「ストーカー」の作者として名高い。この作品に触発されて大江さんはモスクワに向かったのだ。大江さんの中のSFは実は重大な命題であると、推測される。
パーティの席上、石川さんと話した。石川さんは最近の大江作品にはある悲痛なものを感じると見ていた。戦後長く、新しい日本をめざして大江さんが積み上げてきたことが、近年裏切られることが多くなっている。そういうことが作品に悲劇性を帯びさせているのではないか。
大江さんの中に二つの基準があって相克はしだいに激化していると石川さんは見ていた。一つは恩師渡辺一夫の説く「寛容」。もう一つは中央から追われ山中深くで暮らすことになった、まつろわぬチョーソカベの人としての「反逆」。このアンビバレンツな感情のなかで、大江さんは引き裂かれているのではあるまいか。
と、石川さんは大江文学をそうとらえていた。私も、最近の大江さんのメランコリーは深いと感じていたので、この考えにひどくひかれた。
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