ウルトラ星へ去った人⑩
4月からハイビジョンで始まる特撮ドラマ「WOO」。円谷プロが制作する。このドラマの原案は円谷英二と円谷プロの作家だった金城哲夫によって構想されている。その原案つくりのアイディア出しに、実は大伴昌司が関わっていた。つまり大伴の存在はけっして過去のものではなく今も活躍しているのだ。
特撮の神様として知られる円谷英二は最初東宝映画の特撮監督として出発している。ゴジラやラドンなどはその時代に産み出している。そして昭和38年(1963)に独立して円谷特技プロダクションを創立する。最初の仕事は石原プロ製作日活映画「太平洋ひとりぼっち」だった。太平洋を単独横断した堀江青年の冒険を描いた映画だ。青年が乗るヨットマーメイド号は太平洋上でさまざまな苦難を経験する。嵐にヨットは木の葉のようにもまれるシーンなどが円谷の特撮で描かれた。この映画はヒットし円谷プロの技量が高く評価された。
もったいないと思ったか、東宝は円谷プロにもどってくるよう働きかけた。東宝撮影所の中に円谷プロの事務所が入る。プロは市川支配人と作家でプロデューサーの金城哲夫の二人が円谷のそばにいて屋台骨を支える。
金城は円谷の秘蔵っ子で企画や脚本を担当した。その文芸室に大伴はいつのまにか出入りするようになっていた。その経緯は不明だが持ち前の「潜入術」でいつのまにか、自分の席をもっている。ふらりとやってきて、かかえた資料を広げて整理したり、金城相手に企画のネタを話したりした。金城とはうまがあったらしい。
一方、大伴はSFの作家たちとかたらって日本SF作家クラブを立ち上げていた。初代事務局長の半村良を補佐していた。
円谷プロとSF作家クラブを引き合わせたのは大伴である。
急成長するテレビから円谷にチャンスが舞い込んだ。フジテレビから円谷プロに特撮ドラマをやってみないかと声がかかったのである。円谷プロは知恵を絞った。新興の文学だったSFからアイディアをもらったらどうかと、おそらく大伴が金城にもちかけたのではなかろうか。円谷プロと作家クラブが合同でブレーンストーミングを築地の料亭でもつようになった。
そのとき参加したSF作家がすごい。星新一、光瀬龍、福島正美、半村良、平井和正、石川喬司、豊田有恒らである。後年、文壇で活躍することになる面々であった。
こうしてさまざまな設定や物語を円谷と金城が発想したことに付加させて、生まれた企画が「WOO」である。
この「WOO」は企画が生まれてから二度中断する。最初はフジテレビ、次はTBSだ。長いこと幻の名作と言われたこの物語が、いよいよNHKで4月から始まる。
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