立原道造の絶唱だ。病のため戦地にゆくことなかった詩人。その病が命を奪った。
東大の建築科に在籍して軽井沢を愛した詩人。そしてこの詩がうまれた。
のちのおもひに
夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を
うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
――そして私は
見て來たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……
夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには
夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう
早春の詩人と呼びたい立原だが、この詩の中に最後の連で真冬が現われる。突然のようにして。その時季に夢は凍死すると立原は描く。
今こそ真冬ではないか。では、この時季にだれかがどこかで夢をせっせと凍らせているのか。夢が凍る時季を立原は真冬と呼ぶのだろうか。
さて凍った夢はどこに保管されるのだろう。引き取り人のいない老人の、孤独死した部屋のように乱雑に忌まわしく凍った夢はたくわえられるのだろうか。
のちに受け継ぐものは、いつかそれを取り出して解凍するということなどあるのだろうか。
――永遠にない。
おもひはまたしても、さらなるのちへとずらされてゆく。
と、昔文芸部の部外メンバーとして、こんな文章を書いていたなあ。この感慨がのちのおもひなのかなあ。
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