ケンサンロー
今から、70年以上前、評論家の花田清輝は鹿児島の七高に入学した。
新歓コンパの自己紹介で、彼はナポリ近くの町の出身で祖先はイタリアの貴族だと
言い放った。家が没落し流れ流れて、日本のここ鹿児島に来るにいたったと、
朗々と演説したのだ。席にいた全員あっけにとられた。
そして、花田の顔を見てさもありなんと納得したという。彼は当時の人気俳優
ビクター・マチュアそっくりの美男だったのだ。
後年、彼についた文壇のあだ名はハナハダキオッテル。
大江健三郎さんが東大に入学して友達同士で名乗りあったとき、彼は自分の名を
「オーエ・ケンサンロー」と発音した。友がいぶかしむと、
「四国の山奥では、こういう発音をするのです。そこには独特の文化があるのです」
といって煙に巻いたそうだ。
大江さんは謹厳な人と思われているが、実際はなかなかユーモアに富んでいてサービス
精神の旺盛な人物だ。
このエピソードも、そういうサービスだと思っていたが、夕べ伊丹十三の著作を読んで
いて、あっと思った。
伊丹は高校時代の大江さんの友人。京都から転校してきた伊丹は制服も着ずランボーの詩を口にするような早熟の少年だった。その彼は大江さんのことを「ケンサンロー」と呼んでいた、のだ。
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