コロナの夕べ、傘の陰干し
昨日、大手町の大規模接種センターで新型コロナワクチンの一回目を打ってきた(打たれてきた)。午前9時半のグループだったが、会場入りから退場するまで45分。地下鉄の駅を降りたところから接種会場まで、角に道案内が立っていて、実に有り難かった。まず氏名、年齢、住所を確かめることから始まり、予診でこれまでの既往歴をチェックがあったあと、即注射。一瞬痛いと声をあげたが、すぐ終わった。あっけなかった。周囲を見回すと、70以上の男女の白い頭ばかり。あらためて高齢者の分類にはいることを実感。
打った左の二の腕がずきずきする。
一夜明けて、注射を打った左の二の腕だが、ずきずきして少し熱を持っているような感じ。この痛みは終日続いた。老人に血栓症が多いと聞かされていたので、用心する。午後から大きな歯の手術を予定していたが、取りやめた。大事をとった。
64年のオリンピックは今考えると、ずいぶんのんびりしていた。あのときは秋の10月開催だった。ちょうど中間テストの最中だったが、テレビに齧り付いていた。開会式で最終聖火ランナーの坂井義則さんが長い階段を一つ一つ上っていく光景が今も眼裏にある。コロナもなければ、温暖化もなく、冷戦はあったものの今の中国のようなアカラサマナ覇権主義もなかった。私はすっかりオリンピック少年だった。
3年後に、大学のキャンパスで、勧誘にくる女性が、「東京オリンピックなんて、安保問題を逸らせるための『策動』よ」と署名を迫ってきたことは忘れられない。
コロナの厄がまだ残っているのに、本当にオリンピックをやるのかなあ。私と同年の首相の答弁を聞いているとあまりにノーアイディアで頭をかかえたくなる。そうだ。忘れないうちにデジタル大臣の平井某のことを書いておこう。この人は何様。麻生や丸川やなぜこんな人物がキャビネットに入るの。
話は飛ぶが、昨夜の「プレバト」森口瑤子の句には脱帽。うまい。小生はこういう句は作らないが、夏間近の佳句だった。
ジェラシーを折ってたたんで白日傘