飛騨の友人、T君へ
50年前に金沢の大学に入って友人になったT君がいる。彼は飛騨高山の出身で、文学と音楽が好きなこともあってすぐ友人になった。サントリーレッドを呑みながら夜通し人生論や文学論を語った仲だ。
卒業後、道はそれぞれ違ったが、薄く淡く交流は続けてきた。今となっては数少ない故友だ。
本日、飛騨地方で数回地震が起きた。地震お見舞いのつもりでメールを書いたら、とんでもない文章となった。こんなSFみたいなことを俺はずっと思っていたんだと知って、自分でも吃驚した。
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Tくんへ
おーい、地震が頻発しているようだがダイジョウブか。飛騨と信州の国境で起きているようだな。おそらく大事には至らないとは思うが、用心するに越したことはない。
世界的には新型ウィルスで、国内にあっては自然災害の到来と、我らの人生の終盤で終末論的なことが立て続けに起きている。戦後70年、人類は少しズに乗っていたな。この地球という乗り物は人間の独占物のように考えてきた。鳥類も魚類も植物も鉱物もすべて人間に与えられた果実だと誤解してきた。よく考えればそんなはずはない。地球の歴史46億年のうち、生物が出現したのが5億年前。恐竜がのさばっていたのが1億年前。ヒマラヤが造成されたのが4500万年前。類人猿が現れたのが2500万年前。ヒトが姿を現したのがおよそ700万年前と言われている。そこから人間にとっては気の遠くなるなるような時間として650万年が流れて北京原人が出て来た。そして3万年前にネアンデルタール人が滅亡して、1万6500年前に青森にヒトが居た痕跡がある。この頃は日本海が出来て日本列島になっていた。おそらく北方から南方から大陸から太平洋の対岸からいろいろな人種民族が長い時間をかけてやって来たのだろう。富士山は爆発を起こし火を噴いていた。信州の火山群も現役だったはずだ。列島の海沿いにヒトは住んだ。人種民族は交配を続けて「日本人」を形成していた。この頃まで新型コロナウィルスも森に住む獣や鳥を宿主として人間の近いところに棲息していたのかもしれない。
お見舞いのつもりでこのメールを書き始めたが、俺の関心がすこし外れはじめたようだ。すまん。でも前から気になっていたことをここに少し書く。
「日本人」がある程度たまり始めた後に、「ヒダ人」は遅れてこの島にたどり着いたのではないか。かれらは先住のヒトよりも進んだ文明をもっていた。しかも数も一桁二桁多い集団で、他とも交わることもしないでも生き延びる知恵を持っていた。海浜は先住が占拠していたので、山間に入った。進んだ文明というのは道具を作ったりそれを活用して住居を構築したりする文化のこと。これがわずか5千年前のことだと推定する。もしT君の家が先祖伝来そこに住んでいたとすれば、ヒダ人だ。俺は父が白山麓の山中出身だから距離的にはそれほど遠くないが、おそらくまったく交流のない種族だったろう。この両者が出会うのは50年前に俺たちが大学で遭遇したことで始まる。おそらく俺の町で俺以前に飛騨と交流をもつものはいなかった。たった50年の間に、人間はすべてを制服しすべて知ったつもりでいた。人類3000年は、この50年に指数関数的なスピードで急進展した。地球の陸地はすべて踏破し開発し、森を殺し川や海を汚した。地球の環境すら危うくさせることとなった。森の奥に追い詰められたウィルスはもはや逃げ場を失い、人間に牙をむいたのだ。