直木賞100回目
直木賞の授賞が100回目を迎えたとき、私は特集番組を制作した。選考委員に藤沢がいた。
最終選考はいつもどおり「新喜楽」で行われた。
当時、私は藤沢をそれほど知らなかった。記者会見で選考委員を代表して藤沢が選考結果を報告した。その様子を私は取材したのだ。やせた鶴のような風貌で、手相見のような総髪スタイルの藤沢が印象に残った。
100回目ということでマスコミがたくさん来ていた。選考委員には五木寛之、村上元三といった人気作家、巨匠がいたので、藤沢の報告が終わると、取材陣はそちらへ向かった。人垣が流れてホッとした顔の藤沢周平だった。私の取材とはただそれだけだ。言葉も交わしていない。
このときの受賞はダブルとなった。その一人が杉本章子さんだ。受賞したのは、私の好きな明治の浮世絵師小林清親を主人公とした作品だったのでよく覚えている。杉本さんは福岡在住だったので、後日取材した。その後、杉本さんは藤沢を師として慕い、今では藤沢亡き後を襲うかもと期待される時代小説の名手となった。味はあるのだが文章がいまいち硬い。もう少し、易しい言葉遣いで胸奥を描くことができるようになるといいのだが。でも、期待している。
もう一人、藤沢の後を埋めてくれるかと期待したのが乙川優三郎だ。最初の頃はよかったが、
最近つまらない。やや考証などに流れる。もっと物語の切れ味を出して欲しいのだ。
でも藤沢ファンにして大作家は井上ひさしさんだ。この人の藤沢への思いは一番心に残る。同郷ということでの思いも深いのかもしれないが、昂じて小説の場面を拾い集めて、海坂藩の地図を作ってしまったのだから。その地図の細密さは驚嘆するものがある。
筆が遅くて編集者を泣かすといわれる井上さん(号は遅筆堂と自称している)は、原稿も書かないでこんなことをやっているんだ。夜中、せっせと書き込んでいる井上さんを想像すると楽しい。その熱中ぶりには拍手をおくりたい。
私の好きな作品は「用心棒日月抄」「清左衛門残日録」だが、短編では「雪間草」がいい。
次回は、藤沢の作品がなぜいいか、なぜ映像化がうまくいかないかを、ちょっと書いてみよう。
(この話はつづく)
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