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叔父の戦死

備忘のために

 母は滋賀県大津で生まれた。上に兄が3人、下に二人の妹と一人の弟がいる。
次々に亡くなり今では兄ひとりと弟一人となった。

祖父は戦前「宇野徳」という土建業を営んでいた。小泉の祖父が横須賀で沖仲仕の口入れ業をやっていたと聞いて、母は実家と同じ仕事だと思った。鳶(とび)を束ねるなど堅気とはいえない仕事で、女道楽はなかったが芸者遊びが好きな遊び人だった。団十郎に似た派手な目鼻立ちの人だったことは、私も覚えている。氏神平野神社の氏子総代を務め、祭では先頭を歩くことを誇りにしていた。
金遣いが荒く宵越しの金はもたず台所はいつも火の車だった。母は同級生のサラリーマンの一家がうらやましくてならなかった。それでも戦争が始まるまでは景気も悪くなかった。戦争で統制経済になると建築材料がすべて国の管理となり、物資も回らず祖父の店も傾くことになる。

母の次兄は新太郎といって8歳上である。幼い頃から腕白で悪がきだった。長じても血の気の多さは変わらなかった。高等小学校を卒業すると大阪へ奉公に出た。車の運転を覚えた。昭和15年、大津の連隊に入隊した。以後、一度も除隊することがなかった。
大津の連隊は改組されて、全国で3つしかない少年航空学校となった。そこに新太郎は編入される。整備の技術を覚えた。やがて新太郎の消息は分からなくなった。直前に、特別任務につくことになったという葉書が一枚だけ来た。家人は外地で諜報活動でもやらされているのかと心配した。

昭和16年開戦。華々しい戦果が内地に報道された。ある日、近所の人から新太郎がニュース映画に出ていたと聞かされた。朝日映画ニュースのある場面に出ているという。家族は順々に映画を見てたしかめた。マレー半島パレンバン降下作戦だった。上空からたくさんの落下傘が降りてくる。地上に降りた兵が走り回る。その中にガキ大将の新ちゃんが真面目な顔で戦っていた。特別任務とはこのことかと祖父はつぶやいた。

それからの新太郎の消息も分からない。一枚だけ写真がある。小野田少尉を囲んでと記されていた。
昭和22年、戦争が終わって2年後、戦死したという公報と白木の箱が大津の家に届いた。昭和20年5月7日、ルソン島パレニオ方面にて戦死とある。箱の中には石ころひとつ、トランプ一枚、絹糸の紐の切れ端があった。紐はパラシュートの部品らしい。

公報が入って二月した頃、新太郎の戦友という人物が来て彼は帰っていますかと尋ねた。
公報を見せたところ首をかしげ、8月15日まで生きていたし、徹底抗戦だと言って軍刀を何本もかかえて仲間といっしょに山へ入ったと言う。公報の事実は違うらしい。

戦後、祖父母と長兄は新太郎の行方を必死で追ったが杳として知れない。今年の夏、フィリピンで日本兵の生き残りがいるという噂が流れたとき、母はもしやと祈ったそうだ。
新太郎の公報が入ったとき、母は嫁いでいて私を身ごもっていた。だから戦友の話なども間接的にしか知らない。だが、最近不審に思うことがある。

小野田少尉という名は、ながく小野田セメントとの連想でしか考えたことがなかったが、あの小野田少尉のことではないだろうかと、今頃になって思うのだ。彼は諜報を中心とする特別任務をやっていた。フィリピンで長くこもっていた。なぜか日本にとどまらずブラジルで隠れるようにして暮らしている。もしや何かを知っているのではないだろうかと。

一方、戦後大岡昇平が書いた「俘虜記」を読んで母は感慨をもった。暴れん坊の新ちゃんのことだから住民らに何らかの危害を加えたりしたのではないだろうか、そんなこともあって出てこられないのではないだろうか。
少女時代から信仰をもつ者として、そういうことを想像することが耐えられないと思う。

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叔父の戦死_c0048132_12534295.jpg

by yamato-y | 2005-09-25 12:26 | ふるさとへ | Comments(0)
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