定年再出発 |
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人形遣い、前野博
1980年代パルコ文化全盛の頃、同じ公園通りにある山手教会地下にライブハウスジャンジャンがあった。職場から近いこともあってよく通った。小演劇から高橋竹山、中山ラビなど演奏までさまざまなイベントがあった。カウンターカルチャーの本拠地の一つだった。 当時、私はこどもの音楽番組に関わっていた。そこにはドン君という人形が主役を演じていて、人形遣いの主遣い(しゅづかい)が前野博さんだった。私より一回り以上年上で小太りの冴えないオッサンだった。運動神経もあまりいいとは言えないが、人形を持たすと絶品だった。木偶に魂が入るとはこのことかと、周囲を感嘆させる腕前の持主だった。人形劇団の名門プークの出身だが、貧しかった。着ることや喰うことに贅沢するわけでなく、いつも食堂で食べていた。酒は飲んだが焼き鳥屋ですませていた。 せっせと金を貯めて、2年に1度、ジャンジャンで自分がプロデュースして公演をうつのが、前野さんの道楽だった。道楽などと言ったら泉下の前野さんは怒るかもしれない。秋の芸術祭にも参加したことがあるほどの水準だったのだから。芝居は人形と生身の役者が絡む仕掛け。稲川淳二や杉山佳寿子ら実力のある俳優が演じた。 前野プロデュースの代表作に「呪夢千年」というのがある。水俣とおぼしき公害のるつぼの中から甦ってきた少女は千年にわたり世を呪っている。その少女が若者に恋をした。ならぬ恋である。・・・ この少女を人形が演ずる。人形は山口小夜子のような髪型、雰囲気を漂わせていた。アートでいえばハンス・ヴェルメールの少女、漫画でいえばつげよしはるの「紅い花」の小夜子。 これに命を吹き込む人形遣いが前野さんだった。他の操作者は黒子だが、前野さんだけ直面(ひためん)である。少女と前野さんはまさに渾然一体し、いずれがいずれか分らないほど妖しげな世界を現出した。オッサンは美しかった。 普段はおしゃべりな人で趣味は映画鑑賞だった。いつも新作映画の話をしていた。ある時、コッポラの「地獄の黙示録」を前野さんは絶賛した。ベトナム戦争に反対していた私は、その映画を見もしないで批判した。それでも良い物は良いと言い張る前野さんに、私は「だから、前野さんはいつまでたっても駄目なんですよ」と吐き捨てるように言った。前野さんは何も言わず、小さい目をせわしくしばたかせていた。 その後、歩む道は分かれていった。私は長崎、広島と転勤して歩いた。ちょうど広島にいる頃、前野さんが焼死したという話を聞いた。まだ六十にもなっていなかったはずだ。人形劇というジャンルが衰えていくなかで、前野さんは相変わらず自主公演をめざして頑張っていたという。 今朝、私の部屋にあるハンス・ヴェルメールのリトを見ながら、ふと当時を思い出した。 ハンス・ヴェルメールの作品 来られた記念にランキングをクリックして行ってくれませんか
by yamato-y
| 2005-09-07 14:06
| 30年の自画像
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Comments(2)
Commented
by
通りすがりの者
at 2015-01-17 22:29
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こんばんは。
この記事を読んで、とにかく驚きました。 最近になって私はいながわじゅんじ生き人形の語りを youtubeで聞きました。 その話の中にはこの呪夢千年という劇の内容をやったことも長くはないですが、語られています。 内容までは分からないですが。 (だからその劇の内容が記されている数少ない資料としてこの記事に驚いたのでした。) その話しの中では霊能者が人形につく霊について解説するところもあります。 その話によると戦争で亡くなった子供の霊がついてる、との事でした。 呪夢千年は公害の話しですが、かぶるところがありますね。どこからどこまでいながわじゅんじの創作なのか私にはわかりませんが 「これに命を吹き込む人形遣いが前野さんだった。他の操作者は黒子だが、前野さんだけ直面(ひためん)である。少女と前野さんはまさに渾然一体し、いずれがいずれか分らないほど妖しげな世界を現出した。オッサンは美しかった。」 この文章を読んだ時、本当だったんじゃないかな、と思いました。呪夢千年の内容と人形とそれを演じる前野氏、霊、全てがピタリと一致して凄まじい名演を生んだのでしょうか。 私には全てのエピソードをひっくるめて怪談、というよりは人形師と人形、そしてそこに引き寄せられた霊の儚い話しなのではないかと思えました。
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Commented
by
稲川ファン
at 2016-07-14 03:44
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まさか、前野博さんと知り合いの方がブログを書いていたとは・・・
びっくりしました。 しかし、本当に少女人形は存在していたんですね。 当時の怪奇現象のような話を、当時の関係者の人たちからもっと聞いてみたいです。
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