白い峠黒い峠
まだ軍政支配から抜け切らない1988年、私は大江さんと共に韓国へ詩人の金芝河さんに会いに行ったことがある。
金浦空港の入国審査で大江さんは長時間留め置かれた。以前、大江さんは反政府的な行動をとったという疑いのためだ。
遡ること数年前、金さんに死刑判決が出たとき国際的な救援運動が起きた。日本でも数奇屋橋でハンガーストライキが文学者や知識人らによって実行された。大江さんも参加していた。
数時間待たされたが、結局入国することができた。その間、大江さんは静かに読書していた。
大江、金の二人はヒロシマのことについて語り合うことになっていた。この対話は厳しい発言をはらむものとなるが、日韓関係を未来志向において考えていくうえで大切な点を浮き彫りにした。
その対話の始まる前、あいさつを交わしたあと大江さんは金さんの詩の一部をそらんじてみせた。
ソウルへの道
行かねば
泣いてくれますな、行かねば
白い峠、黒い峠、渇きの峠を越え
足どりも重くソウルへの道を
春を売りに行かねば
――
身売りされてソウルへ向かう朝鮮の少女を歌った詩だ。
金さんは笑って原語で応じた。「白い峠、黒い峠、渇きの峠」韻を踏んだ朗唱。
役者でもある金さんの声は美しかった。
昨年、「冬のソナタ」の取材で韓国を訪ねた。春川とソウルを何度も往復した。
春川からソウルへ向かうとき本当にいくつも峠があるということを知った。今は高速道路になったこの道を、かつてほこりをかぶりながらソウルに向かって歩いていった少女の姿が見えた、ような気がした。
いつの日に帰られるやら
いつの日にこぼれる笑いも明るく
ひとはな咲かせて帰られるやら
デンギを解く謂れなぞあるまいし
行かねば
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