詩人、黒田三郎
黒田三郎という詩人の名前は大学2年のとき、文芸部の友人から聞いた。ガリで切ったプリントの詩集を見せてくれた。「ひとりの女に」とあった。令嬢と恋におちたが、親の反対で苦しんでいるというような内容で、それまで知っていた現代詩とくらべてずいぶんセンチメンタルだなあとそのとき思った。
――そこにひとつの席がある
僕の左側に
「お坐り」
いつもそう言えるように
僕の左側に
いつも空いたままで
ひとつの席がある
(「そこにひとつの席が」部分、詩集『ひとりの女に』)
友人は「船は航海に出る前にすっかり牡蠣殻を落とすという 私もそう思っていた・・・」という行をうっとりと朗読していた。私はややしらけていた。
昭和45年に放送局へ入ったら、研修所の教官として前年まで黒田三郎がいたと聞いた。
アルバムの写真を見ると、退職間際の白髪中年の飲んだくれの俗物に見えた。詩集『ひとりの女に』に登場する女性と熱い恋をして結婚したとは思えないほど、ブンヤ的風貌だった。
それからずっと後で、紙風船というフォークデュオが歌った歌が黒田の詩と知って驚いた。
紙風船
落ちてきたら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
打ち上げよう
美しい
願いごとのように
やさしい言葉で深い意味を語っていた。おまけに美しい。黒田三郎という詩人が気になった。
詩人の吉野弘さんと同じ結社に所属することから、吉野さんのエッセーを通して、黒田の人生を垣間見るようになった。そこで意外な事実を知った。
黒田は定年退職後、出会った若い女性に熱烈な恋をし、そのことを妻光子に隠すこともなく、詩に書いて次々と発表した。妻もそのことを知っていた。離婚もしない。
黒田は臆面もなく光子に若い女のことを話してもいる。やがて、黒田が死の床につくようになっても、黒田と妻の間にその恋はタブーにはならなかった。
「ひとりの女に」という詩集を捧げた妻光子に見守られながら、若い女のことを忘れることもなく黒田は逝く。
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