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黒い雨のこと

黒い雨のこと

 核による黒い雨はヒロシマとナガサキしかない。
数千回、数万回におよぶ核実験があったとしても、黒い雨は降らなかった。なぜなら黒い要素の炭素は人家が燃えて生成したもので、ほぼ無人の地帯(ノーマンズランド)では草も水も炭素となりえず、核爆発はあっても黒い雨は降ることはなかった。

 広島の黒い雨の降雨区域のことは早くから知られていた。井伏鱒二のそのものずばりの『黒い雨』という作品が果たした役割も大きいだろう。実際、広島の区域は市の西部のかなりの部分に降ったこともあって、多くの被爆者に体験が残されていた。
 一方、長崎は爆心そのものが市の北部浦上地区という限られた区域ということもあり、その後吹いた風に乗って核分裂生成物質は島原方向の山間地にフォールアウトしていった。そこは人家が少ないため、黒い雨の体験者は限られた人しかいない。

 31年前、長崎放送局に勤務したいたとき黒い雨のことを追いかけたことがある。ちょうど被爆40年を迎える時期にあたり、長崎、広島の両放送局が共同で取材制作しようということになり、そのテーマとして黒い雨が挙がったのだ。

 昨日、大磯の書屋を整理していたところ、1985年の取材ノートとファイルが出てきた。

その仕事の始めは体験者の証言集めだった。ローカルニュースを通じて何でもいいから黒い雨の情報を教えてほしいと呼びかけたところ20通ほどの手紙が到来した。その一つ一つを取材して、雨の「物証」を手に入れようとしたのだが、じっさいにはうまくいかず、広島キャンペーンで一件有力なものが見つかっただけで終わった。長崎では証言だけは8件ほどあった。その分布を見ると、明らかに浦上から島原方向に帯状に並んでいた。

 この風や当日の気象状態を知るために、島原観測所に当時在職していた所員たち数名と雲仙付近の長崎を遠望する小高い山に登った。当日は晴れて暑い日であったが、長崎あたりで爆発が目撃されたあと、その雲が流されて橘湾を越えて島原半島にまで至ったということを所員の証言、観測所日誌やそのほかの資料でも裏付けられた。

 次にその分布を正確に把握したいと放射線測定を実施する。その中心が理化学研究所の岡野真治博士となった。理化学研究所には昭和20年に雨どいなどから採取された黒い雨の粉末が保管されていて、その分析を依頼したこともあって、理化学研とは懇意な関係にあり、そこの専門家ということで岡野博士が分布調査の担当となった。

 飄々とした岡野博士が持ち込んできた機材はアタッシェケースと一台のモニターテレビだけ。こんなもので測定など出来るのかと危ぶんだが、岡野さんは淡々と調査準備を行い、機材をワンボックスカーに積み込んで出発した。車の先頭にセンサーとムービーカメラを設置し、そこで拾った放射能の価と核種をモニター画面に表示するという優れた装置、すべて岡野さんの手作りだという。走行した場所がすべてビデオに映像が記録されると同時に放射能の有無・価がたちどころに画面に表示記録されるのである。

 余談になるが、この放射能測定装置は15年後に発生した福島第一原発事故の汚染地帯を克明に記録してその威力を満天下に示すことになる。岡野さん一人で研究チーム一個師団にあたるという伝説が生まれたのもむべなるかな。今になって岡野さんの偉大さを知ることになるが。

 調査のため2日かけて長崎市内から島原半島南端までワンボックスカーを走らせた。40年経って減衰したとはいえうっすらとセシウムが捕らえられ、黒い雨の降雨域がおおよそ浮かび上がった。さらに綿密な調査を重ねればもっと正確な情報も得たかもしれない。が、番組取材は思わぬ発見によって大きく広島へ軸足が移っていく。その頃広島の己斐で見つかった黒い雨の痕跡の調査が大詰めを迎えていた。ある民家の屋内の壁のうちに黒い雨の痕跡が残っていたのだ。屋内であったため、戦後あまた行われた地上核実験の影響を受けていない。純粋に広島原爆の産物として現認できる最良の資料だった。番組の主筋はそちらへ移っていって、長崎は番組の脇筋になった。
 この後、取材班は広島の黒い雨痕跡のデータを持ってアメリカに飛び、原爆を開発したR研究所などを訪ねて、開発当事者たちの見解をも取材して、黒い雨の正体に迫っていく。 その成果は1985年、「黒い雨~広島長崎原爆の謎」と題して放送された。

 あれから31年、手元に長崎黒い雨のデータが残された。このまま廃棄するのは忍びない。


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by yamato-y | 2016-08-15 14:38 | Comments(0)
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