夢の町、尾道

〈海が見えた。海が見える。五年振りにみる尾道の海はなつかしい。汽車が尾道の海へさしかかると、煤けた小さい町の屋根が提灯のように拡がって来る。赤い千光寺の塔が見える…〉林芙美子の「放浪記」の一節だ。
広島にいる頃、暇があると尾道を訪ねた。海と山に囲まれた海峡の町、少し長崎に似ていた。狭い坂の路地がいい。「東京物語」の浄土寺、大林映画おなじみの千光寺山、志賀直哉の旧居。日帰りの旅には格好だった。
大林宣彦監督の尾道3部作の中でも「さびしんぼう」は好きな映画だ。富田靖子が扮する橘百合子は高校時代のマドンナを彷彿とさせ、尾見としのりのヒロキはまさに色気に興味がわく男の子といった風情がはまっていた。夜の彼女の家を訪ねていくシーンが好きだ。
この映画の影響もあって、尾道を舞台に番組を作りたいとねらっていた。そのロケハンも兼ねてよく現地入りしていたのだ。福山出身の新人の女性ディレクターが面白い話を聞き込んできた。
海岸通りにある清水食堂は戦後の闇市時代からある不法占拠の建物だ。まもなく区画整理される。8人も入ればいっぱいの一膳めしやだが、ここに集う人は皆訳ありだというのだ。
妻に逃げられた人、リストラにあった人、妻に先立たれた人、流れてきた人、・・・
事情をかかえているが、この食堂の看板娘ミエコさんを慕ってやってくるという。
その狭い食堂に入り込んで、一夏を撮影した。さまざまなさびしんぼうが集まる食堂。皆が支えあってつましく生きていた。そのタイトルは「尾道さびしんぼう食堂」。
15分のショートだが、コンクールでグランプリを獲得した。
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