庚午の家
広島に移り住んだのは1993年の頃。ひょっとすると1992年の初夏だったかもしれない。このごろ記憶がどんどん薄れる。ただ視覚記憶は鮮明だ。初めて入った庚午の一軒家のまわりの風景はいまもはっきり覚えている。向かいの児童公園の白い土に埋め込まれた動物たちのレリーフや家の玄関の薄暗い光景も昨日のように覚えている。
今振り返ると、あのあたりの白い美しい土は花崗岩の風化した「まさ土」だったのだろうか。握るとつぶつぶの砂利のような感触があった。私が住んだ庚午の町は海に近い場所でおそらく埋めたてされた区域ではなかったろうか。盛り土に中国山地のまさ土が用いられていたのではないかと推察する。雨が降ってもすぐ乾く心地良い土だと感じていた。それが、今回の土砂災害では元凶となったという。無念としか言いようのない。
電車の駅は、宮島線の古江。駅のそばにアバンセという高級食材を扱うマーケットがあって、関東の味が恋しくなると時々利用した。
駅からすぐ近くに山麓があり、5分も歩けば小高い丘のような山にたくさんの住宅が軒を接するようにして並んでいた。凪の多い広島では風通しのいい山の住宅は快適のように思えたのだが。
体力育成を兼ねて、山の頂きにある神社まで散歩した。少し早足で駆け上がり、峰に出て、広島湾を一望するのが楽しみであった。穏やかな安芸の山や川がまさかあのような修羅に変わるとは想像もつかなかった。
今、ふと思った。井伏鱒二の名作「黒い雨」の主人公たちが出発するのも古江の港だった。舟が港を出てまもなく黒い雨と遭遇する。古江は爆心地の風下にあたり、70年も前に大きな災厄に襲われていたのだ。こんな大切なことを、当時の私はまったく一顧だにしていなかった。
広島で大きな土砂災害が起きて10日あまり。すっかり気温が下がり、東京は秋の風情がただよう。本日で8月盡、子どもらの夏休みは終わり明日から学校が始まる。広島の避難所にいて壁新聞を作ったという少女たちの暮らしは確保できたのだろうか。9月になれば台風のシーズン。今年はなにとぞ雨台風が来ませんように。
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